コレクター魂を揺さぶる手塚治虫ファン垂涎のお宝が登場!
最近のマンガの復刻本は、単行本や文庫などのいわゆる〈スタンダード版〉とは異なる付加価値をもったものが増えています。
その趨勢を象徴するのが、最近の手塚治虫のマンガの復刻本ブームであり、とくに立東舎から出た「アラバスター」を始めとする一連の〈オリジナル版〉と、国書刊行会から出た「アドルフに告ぐ」の〈オリジナル版〉には驚かされました。雑誌への初出形態を重視して徹底的な校正をおこない、高度な製版技術で細密なタッチの再現をめざし、手塚自身があとから描き直したスタンダード版とは違う、作品の原初の、粗削りだが切迫した表現衝動を伝えているのです。
値段も3000円、4000円は当たり前で、「アドルフに告ぐ」に至っては22000円(税込み)という高額ですが、その値段に見合った価値を目の肥えた読者が正当に評価して、着実な売れゆきを上げています。
この日本のマンガ文化の成熟の極みを見せてくれる本が新たに2組刊行されました。「手塚治虫アーリーワークス」と「手塚治虫コミックストリップス」。これは事件の名に値する出版界の快事です。その中身がともかくすごい。
企画・編集・解説執筆を担ったのは、昨今の手塚治虫復刻ブームを牽引する濱田髙志。映画や音楽にも造詣の深い人物ですが、この人が責任をもって手がけたものならば、無条件で信用できるという筋金入りの全身編集者です。
まずは「手塚治虫アーリーワークス」。
2冊の単行本を函入りでまとめた作品集で、1冊目の「手塚治虫新聞漫画集成」には、手塚が17歳でプロデビューしたときの「マアチャンの日記帳」から、その後10数年間に描いた新聞マンガが手に入るかぎりすべて網羅されています。感嘆するのは、新聞マンガといえばなんとなく古臭く粗いタッチを連想するのに、この本のマンガの画面は、まるで現在の空気を呼吸しているかのように生々しいのです。この復刻の名人芸に魅せられてしまいます。いまや日本のマンガの復刻技術は、70年前に出た新聞紙面のリアルな感触を再現するところにまで至っているのです。
2冊目の「ロマンス島」はさらに素晴らしい。この作品は、日本中のマンガ好きの少年に衝撃をあたえ、戦後マンガの歴史を切り開いた手塚の「新寶島」に先立つ長編第1作なのです。ところが、薄墨を塗ったデリケートな画面が、当時の印刷技術では鮮明に再現することができず、出版は見送られてしまいました。その薄墨の繊細な画面が、今回は完璧に実現されて、初の商業出版に漕ぎつけたのです。内容も、手塚の生命哲学をダイレクトに打ち出すもので、ファンは必見です。
続いて「手塚治虫コミックストリップス」。
こちらは主に手塚中期の新聞連載マンガをまとめたもので、「タイガーランド」と「アバンチュール21」の長編2巻と、貴重な中短編をまとめた1巻の3巻構成になっています。
とくに、「タイガーランド」と「アバンチュール21」は、本としての存在感が途方もないものなのです。手塚は全集に収められるスタンダード版を作るために、描き直しと原稿の切り貼りをしたために、オリジナル原稿がほとんど残っていません。ところが、この2作については、コピーを基に切り貼りの作業をしたので、オリジナル原稿が奇跡的に残っていたのです。オリジナル原稿の吹きだしには、幸いにも手塚治虫自身による独特の温かい手書きの文字が残されていたので、その手書き文字の吹きだしも手塚ファンにとっては非常にうれしい新発見です。
そして、オリジナル原稿を使って、新聞連載時の巨大な画面を原寸で再現したため、収録作中の「タイガーランド」は見開きにすると左右の幅が80センチにもなる超ワイド版になり、いままで見たことがない手塚マンガの空間構成のワイルドな力強さを味わうことができます。
そうそう、装丁は「アーリーワークス」も「コミックストリップス」も祖父江慎によるもので、その凝り方が尋常ではなく、本を手に取る本物の快楽を味わわせてくれます。電子書籍なんかくそくらえだ!