〈いつもそこにいる〉バッハとの、半世紀の関わりの総決算

 有田正広といえば、〈古楽のパイオニア〉という印象が強い方も多いだろう。だが足かけ半世紀にわたるその活動は極めて柔軟で自在だ。古楽の潮流をいち早くキャッチしつつ、〈音楽〉を優先すればそれに拘らない。4度目の録音になるというバッハ『4つのフルート・ソナタ集』では、モダン・フルートを使用。「高校生の頃から知っている」曽根麻矢子との共演もあり、インスピレーションに満ちたアルバムになった。

有田正広,曽根麻矢子 『J.S.バッハ: 4つのフルート・ソナタ』 Altus(2020)

 「ピリオド楽器は、バッハの音楽に近づく手段としてはもちろん最適ですが、ピリオド楽器でなければバッハが演奏できないという考えは原理主義的な発想だと思います。音楽作品というものは、作曲家の手を離れて、後の時代までも生き続ける生命力を持っている。現代人にとって、モダン楽器で演奏するのは大きな選択肢です。今はそういう時代なんです。楽器が変われば音楽が変わるという考えは二枚舌のようなもの。音楽に対する解釈は、楽器とは関係ありません。その楽器に合った音の回し方とか、楽器の性格によって自然に変わるものもありますが、即興や装飾も基本的なアイデアは同じです。今回、楽器の選択については、曽根さんをはじめディレクターの方たちとも相談し、モダン楽器ということで皆の意見が一致しました」(有田)

 今回のCDでは、有田自ら解説を担当。とりわけ深く掘り下げられているのが、音楽に込められた修辞学(レトリック)だ。バッハはレトリックを、自分の心の独白として使った。

 「音楽家ですから、レトリックを感性で感じる部分もあるわけですが、それが具体的にどう使われているかわかると、音楽の方向性がはっきりします」(有田)

 その視点から音楽を理解できたことは、曽根にとっても「大変勉強になった」という。とはいえ最終的に、「音の力は言葉を超える。セッションの最中、〈降りてくる〉というか、二人同時に新しいものを感じた瞬間があった。そうあることではありません」(有田)

 今回初めて録音で使われたという曽根の楽器は、デヴィット・レイ作のフランス式モデル。よく通る華やかな音が特徴だ。

 「オブリガート・チェンバロが入るバッハの曲はチェンバロ・パートだけでも音楽として成り立ちますが、ソロが入ることで完成度が何倍にもなる。そのマジックはソロの曲では味わえません」(曽根)。

 バッハは「ふと〈音楽〉と考えた時に、いつもそこにいる存在」だという有田。曽根にとってもバッハは、チェンバロ人生をリードしてきた作曲家だ。バッハと深く関わってきた二人の会心の録音、必聴である。

 


LIVE INFORMATION

【有田正広コンサート情報】
ピリオド音楽研究所 第27回公開講座「フルート奏法の歴史」
○2020年12月19日(土)13:00開演
会場:昭和音楽大学 南校舎5F C511「階段教室」
www.tosei-showa-music.ac.jp/event/20201219-00000913.html

有田正広・有田千代子 in 明日館
○2020年12月26日(土)15:00開演
会場:自由学園明日館
umeoka-gakki.music.coocan.jp/99_blank005.html

【曽根麻矢子コンサート情報】
J.S.バッハ 連続演奏会《BWV》 Ⅰゴルトベルク変奏曲
○2021年3月4日(木)19:00開演
会場:Hakuju Hall
mayakosone.com/