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Photo by Nels Israelson
 

弱さをさらけ出し、痛みを歌うことで見えたパーソナルな横顔

けれどもその反面、アルバム中最後に書かれたというオープニングの“Still Looking For Something”のように、自分の弱さをさらけ出したような、パーソナルな楽曲にこそ彼の魅力があると感じてしまうのは、自分だけではないだろう。“My Cleveland Heart”で、人工の心臓を意味する〈クリーヴランド・ハート〉を手に入れたジャクソンは、どんなバッシングにも耐えられるし、痛みを感じることもなければ、負けることもないのだと歌っているが、これは逆説であり、生身の人間はバッシングには耐えられないし、痛みを感じるし、負けてしまうこともある。その証拠に彼はそのすぐあとに続く“Minutes To Downtown”で、ファースト・アルバム以来の付き合いであるラス・カンケル(Russ Kunkel)の叩くドラムに乗せて、〈この心はすでに真っ二つに引き裂かれてしまった〉と歌っているのだ。

『Downhill From Everywhere』収録曲“Still Looking For Something”
 

筆者のように、ジャクソンにデビュー当時の悩める青年像を追い求めるあまり、近年のメッセージ性の強い作品に、抵抗を感じてしまうファンは多いと思う。しかし、実はジャクソン自身にもゲイの友人を亡くした経験があり、母方の祖母はノルウェー系の移民であった。そんな彼がエイズや移民の問題について歌うのは、ポリティカルであると同時に、パーソナルなことでもあったのだ。アルバムの終盤に収められた“A Little Soon To Say”では、幼い孫を持つジャクソンが、〈わたしは見たい/あなたが自分の明かりを掲げるのを〉と、未来を託すように歌っている。

『Downhill From Everywhere』収録曲“A Little Soon To Say”
 

“My Cleveland Heart”のミュージック・ビデオは、かねてから交流の深かった26歳のシンガー・ソングライター、フィービー・ブリジャーズ(Phoebe Bridgers)が手術で摘出されたジャクソンの心臓を受け取るナース役として、出演していることも話題になった。事実上の後継者指名といった面もあるかもしれないが、もちろんこれは彼なりのブラック・ユーモアでもあり、コロナ感染を経てリタイアするどころか、その精力的な活動は衰えることを知らない。7月末からは、延期されていたジェイムズ・テイラーとのジョイント・ツアーも始まる。

その一方で、もともと寡作で知られる彼の新作が聴ける機会は限られていることを、本人も自覚しているのだろう。残り少ない時間のなかで、若い世代に伝えられることは一体何なのか。60年代から絶えず何かを探し続けてきた永遠のドリーマー、ジャクソン・ブラウンが辿り着いたひとつの答えが、『Downhill From Everywhere』なのかもしれない。

『Downhill From Everywhere』収録曲“My Cleveland Heart”