Photo by Nels Israelson
 

ジャクソン・ブラウンがニュー・アルバム『Downhill From Everywhere』をリリースした。人種差別や気候変動など現代のさまざまな問題を採り上げたポリティカルな側面を持つ作品ではあるが、ジャクソンならではの温かなメロディーやしなやかなバンド・サウンドは、聴き手を優しく包み込むかのように力強い。

『Downhill From Everywhere』のリリースを記念して、Mikikiではジャクソン・ブラウンを2つの記事で特集。〈若いリスナーがまず聴くべきジャクソン・ブラウンの10曲〉を紹介した前編に続き、この後編では新作を解説。ライターの清水祐也が『Downhill From Everywhere』の各曲に込められたテーマや問題意識を掘り下げながら、〈史上もっとも偉大なソングライターのひとり〉の現在地を探った。 *Mikiki編集部

JACKSON BROWNE 『Downhill From Everywhere』 Inside/ソニー(2021)

新型コロナ感染からの復活を経た72歳の新作

昨年の3月、〈FUJI ROCK FESTIVAL '20〉への出演を発表したジャクソン・ブラウン。しかしそのアナウンスからわずか一週間後に、彼が新型コロナウイルスに感染したというショッキングなニュースが世界を駆け巡り、心配したファンも多かったことだろう。そんなファンの気持ちをなだめるかのように、その数日後にジャクソンは新曲“Downhill From Everywhere”と“A Little Soon To Say”を公開し、ニュー・アルバムを自身の72回目の誕生日となる2020年10月9日にリリースすることを発表した。

『Downhill From Everywhere』収録曲“Downhill From Everywhere”
 

アルバム自体は、パンデミックの影響もあり一度は発売延期となったが、今年の5月に出されたリード・シングル“My Cleveland Heart”を経て、7月23日に無事にリリース。それが、2014年の前作『Standing In The Breach』から7年ぶりとなる『Downhill From Everywhere』だ。

 

海洋汚染や人種差別を嘆き、より良き社会を願う

“My Cleveland Heart”にはエルヴィス・コステロ&ジ・アトラクションズのドラマーだったピート・トーマス(Pete Thomas)が参加しているが、ロバート・ワイアットの歌唱で知られるコステロの“Shipbuilding”(82年)という曲は、同年にイギリスとアルゼンチンの間で起きたフォークランド紛争を、軍艦を作らされることになった造船工の視点から歌った曲だった。

一方、本作『Downhill From Everywhere』のジャケットには、カナダの写真家エドワード・バーティンスキーの「Shipbreaking」という、船を解体する写真からなる連作の中の一枚があしらわれている。89年に起きたエクソン・バルディーズ号の原油流出事故のあと、船体が一重構造の原油タンカーは安全面の懸念から解体されることになったが、その作業のほとんどは、多くのタンカーを所有する英米国内ではなく、インドとバングラデシュで行われているという。誰かの身勝手な行動によって生まれたツケは、ずっとあとになって、遠い国の誰かが払わされることになるのだ。

『Downhill From Everywhere』のジャケット
 

そんなジャケット写真が示唆している通り、本作にはポリティカルな楽曲が多い。トランプ前アメリカ大統領の移民政策に抗議する形で2017年に発表されたロス・ロボスのデイヴィッド・イダルゴ(David Hidalgo)らとの共作曲“The Dreamer”や、80年代サンフランシスコのエイズ病棟について描いた2019年のドキュメンタリー映画「5B」に提供されたレスリー・メンデルソン(Leslie Mendelson)とのデュエット曲“A Human Touch”、ハイチ復興支援プロジェクトの一環として昨年発表された“Love Is Love”。それら既発曲も含まれているが、“A Human Touch”を除く2曲はギタリストのヴァル・マッカラム(Val McCallum)やペダル・スティール奏者のグレッグ・リーズ(Greg Leisz)を含む現在のツアー・バンドのメンバーと共に再録されており、プラスチックによる海洋汚染を歌ったタイトル曲や、人種間の公平を訴える“Until Justice Is Real”など、社会的メッセージを持った他のアルバム収録曲とも違和感なく並んでいる。

『Downhill From Everywhere』収録曲“The Dreamer”
 

もちろん、こうしたポリティカルな楽曲も、80年代以降の彼の作品や、環境活動家としての横顔を知る人にとってはおなじみだろうし、いくつかの曲で聴けるスパニッシュなアプローチに、76年の代表作『The Pretender』に収録されていた“Linda Paloma”や、彼がプロデュースしたウォーレン・ジヴォンの“Carmelita”(72年)といった曲を思い出して、懐かしく感じる人もいるはずだ。