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ジャクソン・ブラウンが7年ぶりのアルバム『Downhill From Everywhere』を7月23日(金)にリリースする。〈史上もっとも偉大なソングライターのひとり〉と称される彼の新作は、人種差別や気候変動など近年に顕わとなったさまざまな問題を直視して制作された。ポリティカルかつシリアスな側面を持った作品ではあるが、ジャクソンならではの温かなメロディーやしなやかなバンド・サウンドは、そうした現代に生きる人々を優しく包み込むかのように力強い。

ここ最近もフィービー・ブリジャーズが彼とコラボを行うなど、常に若手ミュージシャンにとっての敬愛の対象だったジャクソン・ブラウン。とはいえ、もはや50年以上に及ぶキャリアを持ち、オリジナル・アルバムだけで15を数える音楽家ゆえに、〈聴けば絶対にいいんだろうけど、何を聴くべきかわからない〉というリスナーもいるのではないだろうか。『Downhill From Everywhere』のリリースを記念した特集記事の前編となる本コラムでは、ライターの清水祐也が提供曲やゲスト参加した楽曲も視野に入れたうえで、入門に最適な10曲をチョイス。各曲の背景や魅力を解説した。 *Mikiki編集部

JACKSON BROWNE 『Downhill From Everywhere』 Inside/ソニー(2021)

 

ニコ “These Days”(67年作『Chelsea Girl』収録)

父親の仕事の関係からドイツで生まれたジャクソン・ブラウンは、高校卒業後にNYの出版社とソングライター契約を結んでいる。そんな彼の楽曲をいち早く採り上げたのが同じドイツ出身で、ヴェルヴェット・アンダーグラウンドとの共演でも知られるモデル/歌手のニコ(Nico)。当時ジャクソンと親密な関係にあった彼女がファースト・アルバムの『Chelsea Girl』(67年)で採り上げた3曲のうちの1曲が、エリオット・スミスセイント・ヴィンセントによるものなど、のちに多くのカヴァーを生んだこの曲だ。

塞ぎ込みがちな10代の揺れ動く心情を切り取った歌詞は瑞々しく、〈Don’t confront me with my failures(僕の過ちを責めないで)〉というフレーズは、ダーティ・プロジェクターズも“Two Doves”(2009年)で引用している。本人のヴァージョンが発表されるのは73年のセカンド・アルバム『For Everyman』まで待たなくてはならないが、その際に若干歌詞が書き直され、前向きな印象に変わっていた。

 

“Doctor My Eyes”(72年作『Jackson Browne』収録)

ソングライターとしてはトム・ラッシュやバーズなど、すでに多くのアーティストに楽曲を提供していたジャクソンが、72年に満を持してリリースしたファースト・シングル。突然目が見えなくなってしまったときの経験を歌ったこの曲は当初レーベルから暗すぎると判断されたが、リズミカルなピアノとコンガ、ジェシ・エド・デイヴィスのワイルドなギター・ソロ、デヴィッド・クロスビー&グラハム・ナッシュによる疾走感溢れるコーラスを加え、のちのジャクソン作品ではあまり聴けない、グルーヴィーなアレンジに生まれ変わっている。同年にはなんとジャクソン5によるカヴァーもリリースされているが、これがきっかけになったのか、ジャクソンの実弟のセヴリン・ブラウンは専属ソングライターとしてモータウンと契約。彼のソロ・アルバムはのちのフリー・ソウル界隈で再評価された。

 

“Take It Easy”(73年作『For Everyman』収録)

ファースト・アルバムのレコーディングに煮詰まったジャクソンはアリゾナ州にドライブに出掛けるが、車が故障して立ち往生してしまう。そのときのエピソードをモチーフにした未完のデモに、当時同じアパートに住んでいたというイーグルスのグレン・フライが歌詞を加え、ガール・ハント風の気楽なカントリー・ロックにしたのがこの曲。先にイーグルスのデビュー・シングルとしてリリースされ、ジャクソンのセカンド・アルバム『For Everyman』にセルフ・カヴァーが収録された際には、長年の相棒となるデヴィッド・リンドレーがギターを弾いた。ちなみに先日モデルの井手上漠がカヴァーして話題になったウルフルズのヒット・ソング“かわいいひと”(97年)は、この曲が元ネタだと言われている。