これまで〈ファンタジー〉を描くことが多かったSano ibukiが、初めて自らの実体験と向き合って〈私小説〉を描いた大きな変革の本作。ポップさ弾ける軽やかなシンセ・サウンドの“Genius”は、彼にこんな引き出しもあったのかと思わせてくれるような楽曲。〈独りぼっちなんて言うなよ〉〈僕は君を見つけた天才さ〉といったストレートな歌詞が、可愛らしい曲調のなかでキラリと光る。疾走感溢れる“ムーンレイカー”では離れてしまった〈君〉に〈会いにいくよ〉と歌い、儚く切ない歌声とストリングスが紡ぐ“紙飛行機”では〈さよならは終わりじゃないから〉という言葉に希望が滲む。一方で、和ロック・テイストの“伽藍堂”では太宰治の「人間失格」にインスパイアされたという退廃的な歌詞も。

今までになく現実の美醜と向き合って、爽やかさも生々しさも内包した楽曲の数々。それは聴き手の感情に寄り添い、時には痛いところさえ突いてくる。彼の私小説の新たなる1ページを堪能しては、次はどんな展開が待っているのか、ページをめくるのが楽しみで仕方がない。