その情熱や魂は確実にそこに存在する――〈仮想を現実に変えるアイドル〉として道を拓いてきた勇ましい4人の現在と未来をライヴ・レポートでお届けしよう!

バーチャルを超えるパフォーマンス

 2021年8月29日、ヒューリックホール東京で行われたライヴは、決して真夏の夜の夢などではなかった。劇場型のシックなステージ上で歌い踊っていたのは、4人のバーチャル・タレントたち。そのパフォーマンスは、細かな振付けの動きや表情の変化、MC中の所作や息遣いに至るまで確かなリアリティがあり、そこに彼女たちが実在している感覚があった。鈴木あんず、白藤環、日向奈央、夏目ハルによるVRアイドル・グループ、えのぐの単独公演〈enogu one-man Live 2021 Summer -不撓不屈-〉には、いまの時代を明るく照射する、ライヴ・エンターテインメントの新たな可能性が凝縮されていたように思う。

 VRタレント専門の芸能事務所、岩本町芸能社に所属するえのぐが結成されたのは、キズナアイや輝夜月らの活躍により、バーチャルYouTuber(=VTuber)と呼ばれる存在が世間を賑わせるようになってきた2018年のことだ。もともと鈴木あんずと白藤環の2人で〈あんたま〉として活動していたところに、CDデビューに際して同事務所の女優部よりメンバーが追加され、日向奈央、夏目ハル、栗原桜子を加えた5人組として本格始動(栗原は体調の都合により昨年2月にアイドル活動を引退)。当時はまだVRアイドルグループという活動形態が珍しく、彼女たちはその先駆的な存在として認知を広めてきた。

 とはいえ物珍しさばかりが、えのぐの推進力になったわけではない。彼女たちはバーチャル・タレントでありながら、いわゆるVTuberがよく行う生配信などの動画コンテンツではなく、あくまで音楽ライヴを活動の主軸に置き、バーチャル/現実を問わず数々の現場で磨いてきたパフォーマンス力、そして会場をあの手この手で沸かせる多彩な楽曲の力によって、叩き上げで現在の人気を勝ち取ってきたのだ。

 2018年11月にシングル“ハートのペンキ”でデビューして以降、定期的にライヴを行う傍ら、2019年8月には最大手のアイドル・フェス〈TOKYO IDOL FESTIVAL〉に初出演を果たし、今夏には東京・渋谷WWW Xを舞台にした怒涛の10日公演〈遮二無二〉を成功させるなど、濃密に動いてきた彼女たち。その間には2枚組のアルバム『真っ白な夢の世界』を発表するなど、音楽的にも着実に幅を広げてきたわけだが、昼夜2公演が行われた今回の〈不撓不屈〉では、元カラスは真っ白のタイヘイ(ドラムス)や現在はCRCK/LCKSなどでも活躍する越智俊介(ベース)らをバックバンドに迎え、30曲近くに及ぶグループの持ち曲をほぼすべて披露。まさに現時点の集大成的なライヴとなった。

多彩な楽曲の力

 昼公演の〈不撓不屈 壱部〉では、80年代のアイドル歌謡と坂道系のいいとこ取りをしたような透明感溢れる始まりの歌“えのぐ”、清らかな4声が混ざり合って〈特別な色〉を生むアップ“Colors”などのピュア・スウィートな楽曲が披露されたそうだが、筆者が観覧した夜公演〈不撓不屈 弐部〉はそこからセットリストを一新。弾むようなメロディーと歌声が昂揚を誘う幕開け曲“Welcome to Live”を皮切りに、エレクトロ・スウィング風の超クールなダンス・ポップ“Armor Break”、会場全体がタオルを回して盛り上がった定番のソカ曲“常夏パーティータイム”など、序盤からアゲ曲を惜しげもなく投下して盛り上げる。

 以降も、鈴木と夏目によるキュートなメルヘン・ポップ“午前0時のプリンセス”、白藤と日向が歌う熱量溢れるロック曲“無敵のヒーロー”などを挿みつつ、唐沢美帆が作詞して佐藤純一(fhána)が作曲/編曲したガール・ポップなシャッフル曲“Brand new stage”、俊龍印のメリハリの効いたメロディーが多幸感を連れてくる“YeLL for Dear”といった、アニソン界隈でも活躍する作家陣を迎えた惹きの強い楽曲を連発。アコギの切ないフレーズに乗せて美しいハーモニーを響かせた“Magic”では、会場全体がオレンジ色のペンライトで応え、温かな光景が広がる。

えのぐ 『BRAVER』 ME RECORDS(2021)

 そこから、a crowd of rebellionの丸山漠が詞曲を手掛けたえのぐ史上最高にラウドでメタルコアな新曲“Defiant Deadman Dance”、コミカルな振りも楽しいえのぐ史上最強にディスコでファンクな名曲“It’s 笑 time!”を畳みかけると、さらにダメ押しでライヴ本編を熱く締め括ったのが、〈2021年高校野球都道府県別大会テーマソング〉に選出されてこのたびシングルリリースされる“BRAVER”だ。

質量では測ることのできない何か

 前述の〈遮二無二〉でも全公演で披露された青春パンク調のこの“BRAVER”、失敗や挫折を恐れることなく、勇気をもって夢に向かって前進する気持ちを描いた歌詞は、甲子園にかける高校球児たちの想いにも重なるものだが、世界一のVRアイドルをめざして〈道なき道〉をがむしゃらに突き進むえのぐが歌うことで、その覚悟の強さとエモーショナルな重みがグッと増す。歌詞の最後の一節〈未来描いてゆけ 僕ら BRAVER〉の箇所で、メンバー全員が胸元を叩く仕草をし、最後にゆっくりと拳を突き上げると、バンド・メンバーたち、そして会場中のオーディエンスもみんな一様に拳を高々と突き出し、互いに心を重ね合って大団円を迎えた。

 えのぐ公式Twitterのツイートによると、彼女たちは〈「仮想現実に存在するアイドル」ではなく「仮想を現実に変えるアイドル」〉だという。なるほど、バーチャルな存在の彼女たちだが、ステージ上には質量では測ることのできない何か――意志や魂のようなものが存在していることを、今回のライヴで強く実感できた。AR(拡張現実)やMR(複合現実)などの技術革新が進むなか、VRアイドルとしてリアルに成長していくえのぐの活動を追いかけていけば、仮想と現実の垣根を越えた、前人未到の未来を見ることができるかもしれない。