何気ない日常の中にある異世界をクローズアップするホリガ―

 未完成やグレイトは別として、シューベルトの交響曲は少々見くびられているのでないか。その音楽は、ウィーン情緒をふんだんに香らせ、歌謡性にもあふれている。ただ、そういった面がベタに出ることで、どことなくイケてない雰囲気を醸してしまいがちだ。そのせいか、モーツァルトやベートーヴェンの弟キャラの位置から抜け出せないといったイメージも。

 ただ、ピリオド時代に突入し、そうした偏見を洗い流すような演奏が増えつつある。そのトドメの一撃となるのが、完結したばかりのホリガーの指揮による交響曲全集録音だ。

HEINZ HOLLIGER, KAMMERORCHESTER BASEL 『シューベルト:交響曲全集(全8曲)〈完全生産限定盤〉』 Sony Classical(2021)

 オーボエ奏者の代名詞的な存在にして、精妙な作品を旺盛に書き続ける作曲家でもあり、近年は指揮者としても独自の境地を築くホリガー。彼がバーゼル室内管弦楽団を指揮したシューベルトは、じつに適切な楽器バランスを保ちつつ、マニアックなまでに精緻に細部を彫琢していく。そうすることで初めて際立ってくる、風の吹くままに進むかのような飄々とした運び。そして、愉悦的な色彩感。それは、モーツァルトともベートーヴェンともまったく異質な、シューベルトならではの音楽だ。

 シューベルトの音楽は、何気ない日常のなかに異世界があり、ふとしたことで、その壁が取り払われるといった感覚にあふれている。そんな音楽のちょっとした変化、機微を的確に捉え、クローズアップするのがホリガーの演奏といっていい。

 たとえば、交響曲第6番の最終楽章には、4つの主題がある。これまでの演奏は、これらの主題を並置するように切り替えていくだけだった。しかし、ホリガーは、まるで変奏曲のようにメリハリをつけて表現。さらに4番目の主題を思いっきりテンポを落とし、付点リズムを強調、つんのめるようにテンポを伸縮させるのだ。それは、まるで突然の空間が歪んだような心地。日常のなかに、白昼夢のような状態を作り出すのである。