80年代、デジタル技術革新への期待と失望
――音楽活動を行ううえで、新しいものへの期待や未来への希望が潰えてしまったきっかけはありましたか?
「機材の話になりますけど、やっぱりデジタルシンセサイザーはすごく大きかったです。特にシンクラヴィアが80年代に日本に導入されて、その最初期に音色をチェックする現場に居合わせたことがあったんですね。〈これ一台でどんな音楽でも制作できる〉と言われていて、値段は数千万円しましたし、ストリングスの宇宙的な音には本当に驚きました。
でも、その中に搭載されているギターの音が実際の響きとはかけ離れたチープなものでした。その時にデジタル技術に対して〈あ、こんなつまらないものなんだ〉と思ったのが最初です。その後も〈Emulator II〉というサンプラーが出てきましたけど、音が悪くてやっぱりつまらないと思ってしまった。まあ、それは個人的な好みもあるのかもしれないですけど(笑)」
――とはいえ、デジタル技術の発展と普及があったからこそ、可能になった音楽的実践もあるとは言えそうです。
「もちろんそれはそうです。今自分がやっている音楽だって、宅録ができる環境が整ったからこそできているわけですから。なので一概には言えないですけど、やっぱりデジタル技術が発達することでどんどん身体性が落ちていくような状況は、そのまま面白がることはできなかったんですね。声ひとつ取っても、今はとても小さな声でもクリアに録音できるようになりました。けれどそれはそんなにいいことだとは思えなかったんです。一方では、そういうことにこだわっているのもつまらないなと思う自分も実はいて。
少し前に亡くなったディーター・メビウスというミュージシャンがいますよね。つい最近も彼のアルバムを聴いていたんですけど、どれもすごく簡素な機材で電子音楽をやっているんです。音色もプリセットを平気で使っている。音質ということで考えると決して良くはないんですが、けれども明らかにディーター・メビウスの音楽になっていて、それはやっぱり素晴らしいことだなと。
そう考えると、アナログかデジタルか、機材がどうのとか、そういうことにこだわるのはすごくつまらない。今あるもので、それこそフリーのソフトシンセだけで作りたい。だからといってソフトシンセにこだわるのも、それはそれでまた嫌ですけどね」
――時代の変化としては他にも、80年代には例えばライブで動物の内臓を撒き散らしたり、会場を破壊したり、今ではとても考えられないようなパフォーマンスをするミュージシャンもいました。そのあたりの価値観の変化についてはいかがですか?
「私は同時代にいましたけど、ライブで内臓をぶちまけたりするのは、ハッキリと言ってしまえば当時から嫌でしたよ。わざわざ観に行こうとは絶対に思わなかったし、何を馬鹿げたことをやっているんだろうと思っていました。
だけどやっぱり、そういうものでも面白がれる余裕があったといいますか、世の中全体に遊びの部分があった時代ではありましたよね。私自身はすごく嫌でしたけど、余裕があった時代というのは良いことだったのかなとは思います。その頃は経済状況も今とは大きく違っていて、何も考えずにブラブラしていても、バイトすれば生きていけましたから」
音を出すプロセスが形になったアルバム
――良きにつけ悪しきにつけ、『New Decade』は今の時代だからこそ生まれた作品であるとは言えそうです。アルバム制作はいつ頃から始めたのでしょうか?
「実は『Voice Hardcore』(2017年)が完成した時点で、新録のアルバムを作ろうという考えは頭の中にありました。それでずっと作り続けて録り溜めていたんですけど、納得のいく形にはならなくて、2019年に一度すべて捨ててしまった。
その後、『Vertigo KO』の一番最後に収録されている“Hearts And Flowers”というほぼヴォイスだけの曲を2019年12月頃に録音したんですが、その続きのような感覚で今回収録されている“Into The Stream”という曲ができて、そこから他の曲もできていきました。録音はすべて2020年に入ってからです。
喩えるとジャン・コクトーの『オルフェ』(1950年)という映画に出てくる鏡の中に入っていくシーンのイメージでしたね。“Hearts And Flowers”から“Into The Stream”が生まれて、そこから幻想の世界に入っていくような」
――『Vertigo KO』は既発表音源を含む一種のコンピレーションアルバムでしたが、今回のアルバムはすべて新録です。どのような構想のもとに制作を進めたのでしょうか?
「最初にアルバムのコンセプトを用意して曲を作っていったわけではなくて、とにかくまずは音を出してみて、すると次の音が生まれていく。そういうふうに曲ができていきました。自然と音が出てくるプロセスが形になったのが今回のアルバムです」
――今回は長嶌寛幸さんのほか、山本精一さんもゲストで参加されていますね。
「山本さんには最後の“Doing Nothing”でギターを演奏してもらいました。やっぱりギターの音が欲しくて、けれど自分では弾けないから、山本さんなら長いこと一緒に音楽をやってきているし、私が欲しているものをすごく理解してくれる。それでお願いしたんです。長嶌さんは全曲で関わっていて、シンセベースを弾いていたり、ミックスも手がけたりしています」