昨年、直近の過去作と新録を集めた2枚組アルバム『Vertigo KO』を世に送り出し、電子音とヴォイスを用いたテン年代以降の自身のソロワークに一つの区切りを設けた音楽家、Phew。そんな彼女が、約4年ぶりとなる全編新曲のフルアルバム『New Decade』をTraffic/ミュートから2021年10月22日(金)にリリースする。ゲストには長年のコラボレーターである長嶌寛幸のほか、盟友・山本精一も参加。国内盤ではボーナストラックとして約20分のドローン作品も収録されている。

身体的に響く力強い律動と予測不能に飛び交うノイズ、あるいは抑制されたヴォイス。Phewが〈新たなディケイド〉と題してまとめ上げた音楽は、希望も絶望も、喜怒哀楽その他の感情も、割り切ることのできない曖昧さのうちにプロセスそれ自体を剥き出しにするようにして提示する。強いて言うならそのサウンドは〈予感〉だけがひたすら続くとでも形容できるだろうか。何がしかの到来を、その手前でじっと待ち続けること。それはしかし、世界を覆い尽くしたパンデミックから1年半以上が経過し、未だに収束の目処が立たない〈いま・ここ〉を生きるプロセスと実によく似ているようにも思う。

だが『Our Likeness』(92年)以来、約30年ぶりにミュートからのリリースとなるPhewの新作は、そのように同時代と響き合いながらも、世紀の転換を跨ぐより大きな変化をも内包しているようだ。80年代から現在にかけての時代の変化を踏まえつつ、アルバムの制作経緯をはじめ、歌について、音について、アンビエントミュージックについて、あるいはコロナ禍を生きる音楽について彼女に伺った。

Phew 『New Decade』 Traffic/Mute(2021)

 

もはや〈新しい〉は〈より良い世界〉を意味しない

――今回の新譜は『New Decade』というタイトルで、直訳すると〈新しい10年〉となります。ポジティブな意味で新たな時代が始まるというよりも、どこか反語的なニュアンスを感じたのですが、Phewさんとしては今の時代をどのように捉えていますか?

「一番大きいのは〈New〉という言葉の意味合いです。これは『A New World』(2015年)の時もそうだったんですけれども、〈新しい〉ということは、決してもう〈より良い世界〉を意味しない。それは自分自身への問いかけでもあるんですね。今までとは違う時間軸の捉え方や価値観を持たないといけない。むしろそうしたものを持たざるを得ない時代といいますか。

ジョイ・ディヴィジョンが80年にリリースしたセカンドアルバム『Closer』に“Decades”という曲がありますが、少なくとも80年代から見た数10年(Decades)と今の10年では全く意味合いが違いますよね」

ジョイ・ディヴィジョンの80年作『Closer』収録曲“Decades”

――今の時期に〈新たなディケイド〉というと、ついコロナ禍以降を考えてしまいがちですが、そうではなくより長いスパンで時代の変化を捉えていると。

「はい。もっと言うなら、今起きていることは実は80年代にすでに始まっていたとも思っています。当時はテクノロジーへの信仰がとても強く存在していて、デジタルなものに対してある種の夢がありました。身近なものでも、例えば時計がアナログからデジタルに切り替わった時、それは憧れであり革命的なものでもあると思っていました。CD(82年に初の音楽CDソフトが発売)というものも、ものすごい発明に見えたんですね。そうした80年代に起きたことがあって、今に至っている。もしかしたら、部分的にはもっと以前から始まっていたとも言えるかもしれません」

――80年代当時はそうしたデジタルなものに希望を抱くことで、素晴らしい未来が待っているはずだと思うことができたということでしょうか?

「新しい発明に期待できたのは80年代が最後でしたけど、実際にはそんなにいいものでもありませんでしたよ。絶望……は言い過ぎかもしれないですけど、とにかく、当時からあまりいいものだとは思えなかったんですね」