発見された2010年代の終わりの音のスケッチ

 Phewの新作『Vertigo KO』は、His Name Is Aliveなどの通好みアーティストの未発表音源をリリースしてきたことで知られるレーベル、ディサイプルズ(Disciples)からの、はじめての日本人アーティストによる作品となった。日本では、今年5月にカセットテープで発売された『Vertical Jamming』との2枚組として発売される。

 きっかけは、一昨年の12月にライブのために訪れたロンドンで、レーベルからリリースの申し出があったこと。それは、新作というよりは、未発表音源を独自に編集してリリースしたい、ということだった。Phew自身は、いままで未発表音源というものに肯定的になれなかったそうだが、レーベルに音源を送ったところ、先方より選曲されて帰ってきたものは、彼女自身では選ばないような独自のもので、面白く感じたという。それは、未発表に終わっていた作品に、あらためて別の視点から聴き直しの機会を与え、自分でも見えていなかった別な側面が発見される機会となった。そこで、選曲された曲どうしをつなげるように新しい曲を2曲用意してできたのが今回のアルバムである。レインコーツのカヴァー“The Void”を含む、この2~3年に作られた楽曲で構成されている。

Phew 『Vertigo KO』 Disciples/BEAT(2020)

 Phewは、このアルバムを「2017年から2019年、10年代の終わり、この閉塞的な期間に制作された音のスケッチです」と言っている。たしかにそこには、時代の閉塞感のようなものが感じ取れる。リリースにあわせて制作された、Lisa Aokiによるトレイラー映像は、〈どこにも行けない感じ〉を表現したい、と話してできたものだという。どこか時代に取り残されたようなビルの中で繰り広げられる不条理劇のような映像もその音楽をよく表している。

 Phewはそれらの音楽を、自身の〈世界観を提示する〉ように、時代を描こうと思って作っていたわけではもちろんない。ある音楽が時代を映していると評されることはあるだろう、しかし、それは作者が意図してそうしたものではない。ただ、衝動に導かれて演奏され、録音されたものであるにすぎないが、結果的にそれが自身の無意識のスケッチになっていると感じたという。その意味で、この作品は〈2010年代後半のある個人のドキュメンタリー・ミュージック〉なのだ。それは、ある時代に生きた個人とその音楽が、ある時代を反映したものだ。

 自分がこれからどんな音楽をやっていきたいのかを考えた時、それは「すぐに判断をしてしまうのではない、ジャッジしない、できない音楽」であるという。「最近は待つことができるようになった」とPhewは言った。