Photo by Masayuki Shioda

2013年頃より電子音楽とヴォイスを主体とした新たなソロ・ワークを手がけてきたPhewによるニュー・アルバム『Vertigo KO』が、ワープ・レコーズのサブ・レーベル、ディサイプルズ(Disciples)より2020年9月4日(金)にリリースされる。5月に発表され即座に完売となったカセット『Vertical Jamming』の音源を加えた2枚組で、これまでCD-Rやコンピレーション盤などに収録されていた音源および新録をコンパイルした、テン年代の彼女の活動の総決算とも言うべき内容に仕上がっている。

Phewは70年代後半にアーント・サリーのヴォーカリストとして大阪の初期パンク・シーンで鮮烈なデビューを飾り、バンド解散後は主にソロ・ミュージシャンとして活動。坂本龍一やカンのホルガー・シューカイおよびヤキ・リーベツァイト、アインシュテュルツェンデ・ノイバウテンのアレクサンダー・ハッケ、大友良英、山本精一らとコラボレーションをする一方、Blind Light、Novo Tono、Big Picture、MOSTといったグループ/ユニットでも活躍してきた。2018年にはレインコーツのアナ・ダ・シルヴァとコラボレーション・アルバム『Island』を発表し、大きな反響を呼んだことも記憶に新しい。

期せずして世界を覆い尽くしたパンデミック下でリリースされる今作『Vertigo KO』は、テン年代中盤以降の彼女の足跡とその変化を克明に記録したドキュメントであるとともに、時代と共振するメッセージを内包した音楽としても聴くことができる作品となっている。直近では英国ロンドンのカフェ・オトがコロナ禍を受けて始動したレーベル・Takurokuから、6月に〈ロックダウン中の音楽〉を主題にしたミニ・アルバム『Can you keep it down, please?』もリリースしているものの、パンデミック以前より制作が進められ、ライナーノーツで彼女自身が「2010年代後半のある個人のドキュメンタリー・ミュージック」とさえ記している本盤が現在の社会状況と響き合うのは、あくまでも個別具体的な実践からすぐれて普遍的なテーマを捉え続けてきたからでもあるのだろう。

今回のインタビューでは新作のリリースを控えた彼女に、アルバムの制作プロセスはもとより、約5年間のソロ・ワークにおける活動の変化、そこから避け難く直面する〈慣れ〉を回避するための手段、あるいは西洋音楽的なるものから離れるという方向性、さらにはコロナ禍であらためて浮き彫りになったライブ空間および録音作品の意義などについて伺った。

Phew 『Vertigo KO』 Disciples/BEAT(2020)

 

レコーディングは未来を作ること、過去の録音には現在の自分が反映されている

――新作『Vertigo KO』がコロナ禍に見舞われているこのタイミングでリリースされたことについて、率直にどのように感じていますか?

「もともとはもっと早く出す予定だったんです。今年の春ごろに『Vertigo KO』が出て、そのあとに『Vertical Jamming』のカセットが出る予定だったんですね。けれどもこうした状況になって物流が止まってしまって、結果的に9月発売になりました。

今回のアルバムを制作するにあたって、ここ数年の自分の音源をあらためて聴き返すことができたので、その期間を重層的に見ることができたのはとても有意義な経験でしたし、そうした作品を偶然にも2020年という世界中が大きく揺れ動いている時代に出せたことも、有意義なことだと感じています」

『Vertigo KO』の音楽をフィーチャーしたリサ・アオキによるフィルム

――ご自身の過去の音源と向き合うことで、何かあらためて気づいたことなどはございましたか?

「レコーディングというのは自分の未来を作ることで、過去の録音物には現在の自分が反映されていると思うんですね。たとえばライブというのは一瞬で消えてしまうんですけれども、アルバムを作るというのは新たな時間と未来を作り上げていく作業だと思うんです。

ただ、そこには図らずも作り上げてしまうという部分もすごく大きくて。やっぱりすべてをコントロールできないというか、意識的に作ろうと思って作業を始めてもどうしても無意識の部分が出ているといいますか、そういうことにあらためて気がつきましたね」

 

パンク/ポスト・パンクといった言葉やイメージから逃れたい

――アルバムはどのような経緯で制作されたのでしょうか?

「2018年11月にロンドンのIKLECTIKという、実験音楽系のレーベルも運営しているスペースでアナ・ダ・シルヴァとライブをやったんですね。そのときに今回アルバムを出したディサイプルズの人が観に来てくれて。私の音楽をずっと聴いてくださっていたようで、〈いつか一緒にお仕事しましょう〉と書いたメモを渡されたんです。それで去年5月にまたロンドンに行ったときに彼と再会して、アルバム・リリースの話が具体的に進んでいきました」

――アルバム制作はどういったコンセプトで進められましたか?

「当初私は新しく録音したアルバムを出そうと考えていたんですが、レーベル側から〈未発表の音源をコンパイルして1枚のアルバムを作りましょう〉というコンセプトを提案されて。それはそれで面白いなと思っていくつか音源を送ったら、レーベル側が選曲してくださって、とても意外な楽曲の並びになっていてそれも面白いなと思ったんです。それでその選曲に合うように新たに2曲録音して、1枚のアルバムとして完成させました」

――アナ・ダ・シルヴァさんとは2018年に共作『Island』をリリースされていますよね。今回の『Vertigo KO』にはアナさんのバンド、レインコーツの楽曲“The Void”のカヴァーも収録されていますが、コラボレーションからの連続性はあるのでしょうか?

「『Vertigo KO』と『Island』はまったく別の作品として捉えています。レインコーツのカヴァーを収録したのも偶然なんです。

たまたまアメリカのラジオ局WFMUから依頼があって、79年にリリースされた作品のカヴァー曲を集めてコンピレーション・カセットを作るという企画に誘われたんですね(2019年作『Your Song, My Foot! Vol. 3: The 1979 Edition』)。『アーント・サリー』が79年作だから私に声がかかったと思うんですけど、その頃ちょうどアナさんと一緒に作業をしていて、そういえば『The Raincoats』も79年作だったなと思い出して。

なので本当に偶然だったので、アナとのコラボレーションと自分のソロは内容的には完全に分けて考えています」

――“The Void”のカヴァーはあくまでも歌ものでありつつ、サウンド面ではポリ・グルーヴで非常に斬新なアプローチであるように感じました。

「あの曲をカヴァーすることで生まれてしまいかねない、いわゆるパンクですとかポスト・パンクですとか、そういった言葉やイメージからなんとか逃れたいなと思ったんです。むしろパンク~ポスト・パンク~ニューウェイヴを自分なりにリミックスしようと考えて、ああいうアレンジの曲にしました。

それとやっぱりカヴァー曲をやることで自分以外の他者が入ってくるので、非常に風通しが良くなる感じもしましたね。ソロ・アルバムはどうしても自家中毒になって行き詰まってしまいがちなんです。私の個人的な資質も大きいとは思いますが、自分でなんとかしようと思ってもすべてをコントロールすることはできませんからね」

『Vertigo KO』収録曲“The Void”

 

2つのアルバムに刻まれた2010年代中盤以降の時間

――『Vertigo KO』はPhewさんにとってはコンピレーション・アルバムという位置付けになるのでしょうか? それともあくまでもソロ・アルバムとして1枚の作品という認識でよいのでしょうか?

「やっぱり1枚の新しいアルバムですね。これは私一人ではできなかった、レーベルとの共同作業で作り上げることができた1枚のソロ・アルバムなんです」

――穏やかなヴォイスが聴き手をフィナーレへと誘いつつ、唐突に音が途切れてしまう最後の楽曲“Hearts And Flowers”からは、どこか未完結な印象も感じました。

「あの短い曲を最後に入れるというのは、レーベルから提案していただいたアイデアでした。1枚のアルバムで完結してしまわないような開放感をもたらすので非常に面白いなと思いましたし、次のアルバムへとつながるような感じにもなったなと思います」

――今回『Vertigo KO』とカップリングで、5月にカセットとしてリリースされていた『Vertical Jamming』がディスク2に収録されています。2枚組にするというアイデアはレーベル側から提案されたのでしょうか?

「そうです、それもディサイプルズのアイデアで、とても新鮮でした。『Vertical Jamming』に収録されている“Drone”はもともと2014年に出した一番古いCD-R作品(『Phew01』)に収録されている曲で、ブーって鳴ってるだけの曲なんですけど、それをレーベル側が選曲してきたのですごく面白いなと思いましたよ。これは自分だったら思いつかなかったですね」

『Vertical Jamming』収録曲“Drone”

――『Vertical Jamming』は長尺の即興的な演奏が収録されていて、『Vertigo KO』と対比的であるようにも感じました。

「『Vertical Jamming』に収録されている楽曲は、2015年前後の、まだシンセサイザーやいろいろな機材を使って音楽を作るということを始めたばかりで、何もかもが新鮮で楽しくて仕方がなかった時期の音源なんです。

一方で『Vertigo KO』は比較的最近の音源なので、2枚合わせて2010年代中盤以降の時間が刻まれていると言うこともできますね」

 

Photo by Masayuki Shioda

〈西洋音楽〉から離れ、茶道や華道のようにただ音と向き合う

――今振り返ってみて、電子音楽のソロに取り組み始めた2010年代中盤と現在とでは、どのような変化があったと感じていますか?

「悪くいえば慣れてきたっていうことはありますね。どうなるかわからないスリリングなところではもう演奏できなくて、ここをこうすればこうなる、っていうことが予測できるようになってしまった。最初の頃は演奏における即興の部分がすごく大きかったんですけど、今は即興と言っても予期し得る即興になってしまったんです。そこら辺をどう解決していこうかと考えている段階ですね」

――たとえば新しい機材を導入して慣れを回避するというような手段もあるように思いますが。

「いや、逆です。機材はどんどん減らしていっています。より少ないものと向き合う方向で、ついに声だけになって『Voice Hardcore』(2018年)というアルバムを作ったんです。今も減らしていく方向で考えています。

あとはやはり、方法論とか機材とかに頼らず、音だけに向き合うというか。これは言ってみれば、いわゆる西洋音楽にちょっと疲れてきたということにもつながるのかもしれない」

――〈西洋音楽に疲れてきた〉というのは具体的にはどういうことなのでしょうか?

「いろいろな曲の構造ですとか、複雑な和声、よくできたメロディ-、それからリズム。そういったものに疲れてきたんです。

それって、何かをジャッジするための判断材料になりますよね。和声がどれだけ複雑にできているのか、演奏が上手いかどうか、メロディーがよくできているかどうか。そういったすでにある基準から良し悪しを判断するようなものから離れたいんです。自分で自分がやっていることもジャッジしたくないですし、他人の作品もそういう風に判断したくない。そういった音楽を聴くことに疲れてしまったんです。

それよりもむしろ、ただひたすら音と向き合っていきたい。なんだか茶道とか華道とか武道とか、心境としてはそういう感じですね(笑)」

『Vertigo KO』収録曲“The Very Ears Of Morning”

 

無知にならず、ハプニングに頼らず、予期し得ない音を出したい

――Phewさんも出演された99年のオーストリアの〈ミュージック・アンリミテッド・フェスティバル〉では、大友良英さんのキュレーションのもとメイン・ステージとは別に〈音響ルーム〉という場所が設けられ、まさに音と向き合うような演奏が繰り広げられていたと聞きます。それと近い感覚はあるのでしょうか?

「あー、それはまったく違うかもしれない。やっぱりあのイベントはあくまでもキュレーションの問題で、ミュージシャンから出てきたコンセプトではなかったと思うんです。そういうキュレーションからも離れたい、私は」

――たとえば70年代後半のパンク~ニューウェイヴも、既存の枠組みに囚われない試みとしてあったと思いますが、それと〈西洋音楽的なものから離れつつ慣れを回避する〉ということはどのように異なるのでしょうか?

「パンクのとき私はまだ10代で、一言で言うとただただ自分は無知だったんですよね。けれども今は無知では済まされない(笑)。それは大きな違いです。

パンク~ニューウェイヴの時代はみんな若かった。それで〈自分たちはオリジナルで新しいことをやっている〉と思い込んでいた。だけど実はそんなものはとうの昔に誰かがやっていて、むしろそっちの方が断然面白い、ということに80年ぐらいに気づいたんです。

今はそういうものを全部踏まえたうえでやろうとしているので、なかなか大変ですね(笑)」

――ある種ポスト・モダン的にと言いますか、〈慣れがあってもなくても構わない〉というふうに考えたことはありますか?

「それはね、やっぱり慣れからは自分が知ってるもの、予測できることしか出てこないので、つまらないんですよ。予測できないことというのは、無知で図らずも引き起こしてしまうこともあれば、ハプニングのように出てくることもある。

けれども今の目標としては、無知に戻ることはできないですし、ハプニングにも頼らずに、そういう予期し得ない音を出したいなと思っています」

――今作『Vertigo KO』に収録された楽曲のレコーディングでは、予期し得ない音を引き起こすためにどのようなことに取り組みましたか?

「一つはスピードというのがあります。とにかく早く、なにも考えずに一気に録音してしまう。そういうことで出てくるものはありますね。たとえばレインコーツのカヴァー曲なんかは2時間もかからずに作ったんですよ。

もちろん、スピード感を持って作ると、何か形になるときもある一方で、ほとんどはゴミみたいなものにしかなりませんけどね。一気にやってどんどん破綻していく、そうやってお蔵入りした〈ゴミ音源〉がたくさんあります(笑)」

 

ライブならではの人間関係の場を失って孤独に苛まれています

――今作『Vertigo KO』の成立過程ではディサイプルズというレーベルの存在が非常に大きいとのことでしたが、何か印象に残っているエピソードなどはありますか?

「レーベルの人が興味を持って実際にライブ会場に足を運んで、そこからオファーをいただけるというのはとても健全な流れですよね。すごく嬉しかったですし、いろんな1対1のやり取りをしましたけど、とても面白かったですよ。ライナーノーツからも感じられると思いますが、レーベル側もただリリースするだけではなくて、アルバムにレーベルなりの主張が込められていて。

70年代後半ごろはそういう小さなレーベルがたくさんあったんですよね。だけど80年代に入ると音楽がすごく巨大なビジネスになって、みんな吸い込まれていってしまった。そこからはニューウェイヴですとかニュー・ロマンティクスですとか、業界主導で作り出すムーヴメントに変わっていってしまった。私はそれを目の当たりにして、やっぱりすごくショックだったんです。

なので今回、そういうインディペンデントな活動を行なっている人がいて、2020年にそうしたレーベルからアルバムをリリースできたというのは、未来につながることでもあると思いますね。しかもそれがワープという大きなレコード会社の傘下で行われているということにも希望が持てます」

――現在ではライブ会場に足を運ぶということが、なかなか難しい状況になってしまいました。Phewさんはコロナ禍で生活サイクルなどに変化はありましたか?

「私個人のことで言うと、ここ数年間はつねに半年先ぐらいまでライブの予定が埋まっていて、一つのリズムができていたんですね。ライブのために準備をして、その合間に録音をするといったように。そのリズムがいきなり崩れてしまって、半年経って今ようやく慣れてきたという感じです」

――現場でライブをできないということは、収益以外の面でも悪い影響がもたらされていると感じますか?

「それはそうですよ、だって私、やっぱりライブでなにが一番好きだったかと言うと、会場にいるということ自体が好きだったんですよね。それは自分が演奏することよりも好きだったかもしれない(笑)。隅っこの物販で座っていて、そこにいる人たちを眺めているのがとても幸せだったんです。

みんな酔っ払っていて、名前は知らないけど顔は知っている、そういうライブでしか会わないような人たちと喋ったりするのが幸せだったんです。だからそういう場所がなくなってしまうというのは大きいですよね。お互いのプライヴェートは知らないけど、なんだか音楽が好きなのはわかっていて、会ったら話すみたいな、そういうライブやクラブならではの緩くて自由な人間関係が、自分にとっては大切でしたね。

それがなくなってしまって、すごく今孤独に苛まれています。そういうものがあったから、酷い世界でもなんとかやっていけたんだと思うんです」

――それはやはり、SNSなどのインターネット上でのコミュニケーションでは代替できないものなのでしょうか?

「そうですね。全然違います。なにも喋らなくても、なんとなく人が集まっているところに顔を出してみたり、別に誰とも喋っていないけどその中にいて一杯飲んで、なんだか気分が変わって帰る、みたいなことってやっぱりネットじゃ得られないですよね。

特にメジャーではないものというか、今はなき六本木のSuperDeluxeですとか、落合Soupとか幡ヶ谷Forestlimitとか、そういった小さなスペースで行われているコアなイベントが以前のように機能していないというのは、やっぱり大きいです。そこでしか会えない人というのはたくさんいましたし、それはSNSをはじめとしたオンラインでのコミュニケーションでは代替できないものですね」

 

Photo by Masayuki Shioda

目に見えるものだけが世界のすべてではない、違う現実があると知ること

――コロナ禍で音楽制作そのものに変化はありましたか?

「直接的な影響はあまりないと思いますけど、間接的には影響を受けていると思います。やっぱり作品を発表するとき、真っ先に頭の中にうっすらと浮かび上がるのは今言ったような小さな会場で会う人たちなんですよね。最初に聴いてもらいたいなと思う人たち。そういう人たちに今は会えないですからね。

あとは以前よりも成り行き任せなところが大きくなったなとは思います。というのも、今は半年先どころか一週間後の予定も立てられなかったりする状況なので」

――それはある種、慣れを回避して即興的に音楽を演奏することにも通ずる問題であるような気がします。

「そうですね。いかようにでも変えられるといいますか。新しいアルバムを作るにしても、事前にコンセプトを考えることはせず、成り行き任せにしようという部分が大きくなりましたね。

でもこれは良くない部分もあって。音楽制作がストップしちゃうといつまでもストップしちゃいますし、続けようと思えばいつまでも続けられてしまうので、どうしたら区切りを設けて1枚のアルバムのパッケージにまとめられるのかという問題がありますよね(笑)」

――近年は配信やダウンロードを通じて曲単位で音楽に接するリスナーも増えてきましたが、アルバムというパッケージで提示することにはどのような意義があると思いますか?

「もちろん人によるかもしれませんけど、配信だと残りにくくて聴いてもすぐに忘れてしまうところがあると感じています。やっぱり何かアルバムを作るということは、記録やアーカイヴとして未来に残るものになりますよね。

それとパッケージを作るという作業は、リリースするにあたっていろんな他者の手が介入します。完全に自分だけで配信リリースすると一人の世界で完結してしまいますけど、いろんな人の手を経由することで作品の強度が生まれてくるという部分があると思うんですよね」

――今回新たなパッケージとしてリリースされた『Vertigo KO』は、パンデミックに覆われた今の世界で、どのようにリスナーのもとに届いてほしいと思いますか?

「どうなんでしょう……でも一つはね、自分で見聞きする、目に見える世界だけが世界のすべてではないということは言っておきたいですね。

音楽を聴いたり本を読んだり絵を観たりすることは、違う現実があることを知るということですよね。そういうことをもしも聴いた人に感じてもらえたなら本望ですね。世界にはさまざまな現実がありますし、現実の捉え方もさまざまですし、やっぱり生き残るためには音楽とか映画とか本がすごく必要なんです、少なくとも私には。

今回のライナーノーツで書いた〈なんて酷い世界、でも生き残ろう〉という言葉は、そういうメッセージでもありますね」