『幻覚セラピーのための音楽』――ありそうでいてなかった格別のスピリチュアル的世界
クラシックピアニストとしての十分なバックグラウンド、アンビエントの名付け親ブライアン・イーノとの交流、デヴィッド・ホルムスとのコラボレーション、さらにコールドプレイの世界ツアーサポートなどで知られるイギリスのプロデューサー/作曲家、ジョン・ホプキンス。前作『Singularity』(2018年)がグラミー最優秀ダンス/エレクトロニックアルバム賞にノミネートされ、トップアーティストとしての活躍も目覚ましい。そんな彼がこのコロナ禍に発表したのが、今作『幻覚セラピーのための音楽』だ。20代からマインドフルネスや瞑想の世界に目覚めた彼が、今作のきっかけとして挙げるのはエクアドルのロス・タジョス洞窟で過ごした4日間。そこで経験したことのないような静けさを感じることができる空間に出会い、インスパイアされたのだという。結果以前から見せていたスピリチュアルな方向性の純度が増し、規定のリズムパターンから解放されたビートレスな音世界が生まれた。今までのキャリアで磨かれた感覚が駆使され、アンビエントにもクラシックにもドローンにも属さないが、その全ての要素が美しく融合したような作品となっている。
JON HOPKINS 『Music For Psychedelic Therapy』 Domino/BEAT(2021)
目玉は、アルバム最後の曲として収録された“Sit Around The Fire”で、ジョン・レノンやスティーブ・ジョブズにも影響を与え、幻覚剤の研究でも知られるスピリチュアリスト、故ラム・ダスのスピーチを元にした楽曲だ。生前の彼と交流のあったイースト・フォレストとの共作で、音や言葉のバランスや、リスナーの心に深く染み入るような〈間〉の構成感覚が冴える。また、セラピー用の音楽と題されているが、トム・レディとルーシー・ドーキンスによる美しいアニメーションとともに鑑賞するならば、特定の宗教や幻覚剤にゆかりのない者でも、作品に触れるだけで深遠にして極上のスピリチュアルな感動を味わえるのは嬉しい。それにしても、作品全体を通して感じる完成度の高さは別格で、ありそうでいてなかった〈体験〉となって、深い瞑想から得られるような心の充足をリスナーに与えてくれるだろう。