©Imogene Barron

深淵へと向かう超越的で催眠的なサウンドスケープが没入的な快楽で精神を解放する……内なる世界から壮大な物語を紡ぎ出したキャリアの集大成がここに完成!

 79年にロンドン南西部のキングストン・アポン・テムズ区で生まれた、ミュージシャン/プロデューサーのジョン・ホプキンス。幼少期にハウス・ミュージック、デペッシュ・モード、ペット・ショップ・ボーイズを聴いた影響でシンセサイザーに魅了されてから、ホプキンスの人生は音楽漬けの日々と言えるだろう。趣味として楽しむだけでなく、12歳で王立音楽大学のジュニア部門に入学してクラシックとピアノを学ぶなど、音楽の教育も受けている。ピアノ演奏の腕前は、コンクールで優勝できるほどにまでなった。しかし、ホプキンスにとってクラシックは、形式にこだわりすぎる音楽に映ったようだ。10代の頃はアシッド・ハウス、プラッド、シーフィールを好んで聴くなど、ホプキンスの興味はエレクトロニック・ミュージックに傾きがちだった。この情熱は、コンクールの優勝で得た賞金を元手に、ローランドのシンセサイザーを購入することにも繋がっている。

 こうした嗜好を持つホプキンスにとって、エレクトロニック・ミュージックの世界に進むことは極めて自然だった。2001年にデビュー・アルバム『Opalescent』を発表して以降、アンビエント、ハウス、IDMといったさまざまなジャンルが折り重なった秀逸なトラックを作り続けている。作品をリリースするごとに評価を着実に高め、2018年のアルバム『Singularity』は、第61回グラミー賞の最優秀ダンス/エレクトロニック・アルバム部門にノミネートされた。

 その才能は多くの才人を惹きつけている。ブライアン・イーノやレオ・エイブラハムズとは『Small Craft On A Milk Sea』(2010年)を共作し、コールドプレイの『Ghost Stories』(2014年)にはプロデューサーとして関わった。さらに「モンスターズ/地球外生命体」(2010年)や「わたしは生きていける」(2013年)といった映画のスコアを手掛けるなど、畑違いの人々からも関心を持たれている。

JON HOPKINS 『RITUAL』 Domino/BEAT(2024)

 そんなホプキンスの最新作が『RITUAL』だ。全8章にわたる41分のエレクトロニック・シンフォニーといえる本作を聴くと、スペーシーな内観の旅をしているような気分になる。静謐なドローンの“part i - altar”で幕を開け、そこから徐々に音数が増えていき、躍動感が前面に出てくる。深淵から何かが生まれ、それが鼓動を打ちはじめるような感じとでも言おうか、2021年の前作『Music For Psychedelic Therapy』とは対照的なダイナミックさが目立つ。

 本作の魅力は、2022年にNASAが公式YouTubeにアップしたブラックホールの音を想起させる、神秘性の滲んだサウンドスケープだ。聴き手の解釈を呼び寄せる余白が多く、それでいて何かしらの物語性を感じさせる。この物語性が生じているのは、すべての曲がシームレスで展開されるからだろう。ゆえに全8曲入りの作品でありながら、筆者からすると1曲に聴こえる。こうしたサウンドスケープと作品の構成に触れると、90年代にアンビエント・ハウスと呼ばれた素晴らしいエレクトロニック・ミュージック・アルバムが脳裏に浮かぶ。具体的な作品名を挙げると、ジ・オーブ『U.F.Orb』、グローバル・コミュニケーション『76:14』などだ。この側面は、90年代のエレクトロニック・ミュージックをホプキンスが聴いてきた影響によって表出したのかもしれない。

 そういう意味で本作は、ホプキンスのパーソナルな要素が色濃く、UKエレクトロニック・ミュージック史の養分を大量に含んだ作品と評すこともできる。過去作と比べると、本作でのホプキンスはリラックスしていて、音と戯れる楽しさを醸すのも、若かりし頃に聴いていた音楽との繋がりをふたたび強めたからではないか。

 ホプキンスはみずからのルーツを宇宙泳遊的な音像と共に巡り、それを私たちは約41分にわたって覗き見している。筆者にとって『RITUAL』は、そのような作品である。

ジョン・ホプキンスの近作を紹介。
左から、2013年作『Immunity』(Domino)、2013年のサントラ『How I Live Now』(Just Music)、2019年作『Singularity』、2021年のEP『Piano Versions』、  2021年作『Music For Psychedelic Therapy』(すべてDomino)

ジョン・ホプキンスの参加した近年の作品を一部紹介。
左から、コールドプレイの2021年作『Music Of The Spheres』(Parlophone)、ブライアン・イーノの2022年作『Foreverandevernomore』(Opal)、オービタルの2022年作『30 Something』(Orbital)、ハーイの2022年作『Baby, We’re Ascending』(Mute)、ジェイムズの2024年作『Yummy』(Virgin)