(左から)トム・ミッシュ、FKJ

トム・ミッシュが自宅でのセッションを基に作り上げたアルバム『Quarantine Sessions』の国内盤CDが、2021年12月3日(金)にリリースされる。また同日には、FKJのアルバム『Ylang Ylang』の国内盤CDも新装盤として再発される。これは2020年にタワーレコード限定でCD化されるもすぐに完売し、その後入手困難になっていたものだ。

この度フィジカルリリースされる2作品は、いずれも聴き手の心にそっと寄り添うアンビエント的な雰囲気を湛えているが、その共通性はどうやら単なる偶然によってもたらされたものではなさそうだ。実際、改めて今日の音楽シーンを見渡すと、アンビエント周辺は静かな活況を呈しており、他のジャンルにおいても〈癒やし〉への志向を持った作品が着実に増えてきているように感じられる。そこで、トム・ミッシュおよびFKJを起点にそうした音楽的潮流の実態へと迫るべく、音楽ライターの村尾泰郎に執筆を依頼した。 *Mikiki編集部


 

音楽シーンに大きな影響を与えてきたアンビエントサウンド

70年代なかば、イギリスのロックミュージシャン、ブライアン・イーノは交通事故で入院していた。その時、ぼんやり聴いていたレコードの音楽と雨だれの音が溶け合い、イーノの頭の中でアンビエントミュージックという新しい音楽のジャンルが閃く。それはイーノいわく「聴き手に向かってくるのではなく、空間と奥行きでリスナーを包み込む音楽」。つまり、リズムやメロディーでリスナーの注意を引いたりはせず、心地よい雰囲気を生み出す音楽、と言えるかもしれない。

アンビエントミュージックのアイデアは、その後の音楽シーンに大きな影響を与えて、環境音楽やヒーリングミュージックを生み出していく。そんななか、ハウスユニットのKLFによる『Chill Out』(90年)はアンビエントミュージックとハウスを融合させた〈アンビエントハウス〉を生み出した。そして、90年代にヨーロッパでレイヴカルチャーが盛り上がるなか、チルアウト、バレリアックなど様々な呼び名でアンビエントな感覚を取り入れた音楽が生み出されていった。そして、最近ではそうしたサウンドはさらに広がりを見せている。

 

FKJがフィリピンのジャングルで作り上げたDIYなメロウサウンド

FKJ 『Ylang Ylang』 FKJ/BEAT(2019, 2021)

例えばフランスのプロデューサー/ミュージシャン、FKJによる『Ylang Ylang』。本作をレコーディングするため、FKJはフィリピンのジャングルの中にあるスタジオにこもり、太陽光の発電機を使って生活しながらレコーディングをした。一人で多重録音してDIYで作りあげたサウンドには柔らかな感触があり、ジャズやR&Bを消化したグルーヴは洗練されていてメロウ。歌声は音楽の中に溶けていきそうで、ヴォーカルよりもサウンド全体が醸し出す黄昏たムードがアルバムを特徴付けている。「(この作品は)コンセプチュアルなものにしたかった。レコーディングをした場所と時間を記録した映画のような」とFKJは語っているが、スタジオを取り巻く雄大な自然から受けた印象を音楽に反映させた本作は、バレリアックな心地よさのなかにエコロジカルな視点を取り入れている。

FKJの2019年作『Ylang Ylang』収録曲“Ylang Ylang”
 

また本作には、フランス出身のラッパー、バスや、テキサス生まれで現在はフィリピンを拠点に活動する女性シンガー、((( O )))をフィーチャー。そのうち ((( O )))もFKJ同様に、フィリピンのジャングルで発電機を使ってレコーディングしたアルバムを3枚発表している。恐らく((( O )))に刺激を受けて、FKJも同じようにジャングルでレコーディングしたのではないかと思うが、((( O )))のアルバムはFKJ以上にアンビエント色が強いサウンドをバックに歌っていて、『Ylang Ylang』と聴き比べてみるのも面白いだろう。

((( O )))の2020年作『((( 2 )))』収録曲“iFeel”
 

 

トム・ミッシュがロックダウン下のセッションで感じさせたパーソナルな息遣い

TOM MISCH 『Quarantine Sessions』 Beyond The Groove/BEAT(2021)

そんな大自然に身を置いたFKJと真逆に自宅でレコーディングしながらも、どこか似た雰囲気を感じさせるのがトム・ミッシュ『Quarantine Sessions』だ。本作はイギリスがコロナ禍でロックダウンした時にミッシュがスタートさせたプロジェクト。ミッシュは自宅の部屋でギターを演奏して、ニルヴァーナ“Smells Like Teen Spirit”やジェイムズ・ブレイク“The Wilhelm Scream”などをカバー。マルコス・ヴァーリ“Parabéns”では、ヴァーリとリモートでセッションした。その繊細で叙情的なギターはミッシュのルーツであるジャズやファンクの要素を色濃く感じさせながらも、曲によってはマンチェスターのギター詩人、ドゥルッティ・コラムことヴィニ・ライリーを思わせたりもして、エリック・クラプトンも絶賛したミッシュのギタープレイをじっくりと味わえる。

トム・ミッシュの2021年作『Quarantine Sessions』収録曲“Parabéns (Feat. Marcos Valle)”
 

そして、宅録ならではのローファイなサウンドがアルバムに独特の質感を生み出している。“Smells Like Teen Spirit”ではループマシーンを効果的に使ったり、“The Wilhelm Scream”ではあえて音源を歪ませたりと、演奏やアレンジはシンプルにしながらも音響的な味付けをしているのが特徴だ。その手作りのサウンドは、スタジオアルバムよりもパーソナルな息遣いを感じさせて、ミッシュの心象風景を描き出しているようでもある。だからこそ、誰もが家に閉じ込められたパンデミック時期に、このセッションがYouTubeで公開されるとリスナーの共感を呼んだのだろう。『Ylang Ylang』と『Quarantine Sessions』に通じるのは、孤立した状況のなかで作り上げられたパーソナルな色合いが強い作品だということ。その環境に身を委ねるような穏やかさが、リスナーに安らぎを与えてくれるのだ。

 

ジョン・ホプキンス

独自のアンビエントを追求する注目のアーティストたち

また、エレクトロニックミュージックのシーンでもアンビエントな注目作は多い。2010年代以降、60〜70年代のミニマルやドローンといった電子音楽が再評価され、そうした音楽にインスパイアされた作品を発表する新世代のミュージシャンが次々と登場している。

ケイトリン・アウレリア・スミス『Mosaic Of Transformation』(2020年)は、ヴィンテージシンセにストリングスやヴィブラフォンなど生楽器を取り入れた色彩豊かなアンビエントサウンドを緻密に構築。

ケイトリン・アウレリア・スミスの2020年作『Mosaic Of Transformation』収録曲“Expanding Electricity”
 

また、フォークバンド、フローリストの中心人物、エミリー・A・スプレイグは、趣味で収集したヴィンテージシンセを使った電子音楽作品が高い評価を受けるなか、昨年、新作『Hill, Flower, Fog』(2020年)を発表。アコースティックな感触を感じさせる、木漏れ日のように優しく繊細なアンビエントサウンドを聴かせた。

エミリー・A・スプレイグの2020年作『Hill, Flower, Fog』収録曲“Star Gazing”
 

エミリーと同じく、シンガーソングライターとして活動しているジア・マーガレットは病気でしばらく声が出なくなり、シンセサイザーを使ったアルバム『Mia Gargaret』(2020年)を発表。シンセサイザーに生楽器やフィールドレコーディングした音源を織り交ぜた安らぎに満ちたサウンドは、自分自身を音楽で癒やしているようでもある。思えば、エミリー・A・スプレイグがシンセ作品を作るようになったきっかけも、彼女が事故で楽器を弾けなかったからだ。両者とも治療期間中にアンビエントな作品に着手する、というところはイーノを思い出させるが、アンビエントミュージックにはヒーリング効果があるのかもしれない。

ジア・マーガレットの2020年作『Mia Gargaret』収録曲“Barely There”
 

イーノといえば、彼が度々共作して信頼を寄せているジョン・ホプキンスが新作『Music For Psychedelic Therapy』(2021年)を発表した。本作ではエレクトロニクスを中心にしながら、オーケストラのように重層的なサウンドを展開。まさに〈空間と奥行きで聴き手を包み込む〉イーノ直系のアンビエントミュージックを聴かせてくれる。レコーディングは2021年1月から5月に行われたそうだが、そこにはパンデミックで鬱屈した気持ちを解放させるようなポジティヴな空気が満ちている。

ジョン・ホプキンスの2021年作『Music For Psychedelic Therapy』収録曲“Sit Around The Fire”
 

また、ベテランのコールドカットはアンビエントミュージックのミックスアルバム『@0』(2021年)をリリース。坂本龍一、シガー・ロス、ジュリアナ・バーウィック、ララージ、スティーヴ・ローチなど世代を超えたミュージシャンが楽曲を提供している。メンバーのマット・ブラックによると、〈0〉とはマットが何度も経験したうつ病になりかけているような限界状態のこと。そんななかで、アンビエントミュージックは「精神的な要求をしないことで空間を開き、その柔らかな魅力でエネルギーを微妙に高め、下降スパイラルを回避し、ゆっくりと上へ、そして外へとナビゲートしてくれる」という。そんな音楽を集めて繋いだ本作からも、音楽を通じてパンデミックの苦しみから解放されたいという想いが伝わってくる。

コールドカットの2021年作『@0』収録曲 坂本龍一“Aqua (From Playing Piano For The Isolated)”
 

パンデミックが始まる前から、世界では様々な社会問題や環境問題が起こり、インターネットに氾濫する情報に人々は疲れ果てていた。そして、そこに襲ってきたウイルス。今では多くの人々が精神的に追い詰められている。だからこそ、リスナーに何も押し付けず、ゆっくりと気持ちをとぎほぐしてくれるアンビエントなサウンドは、ウィズコロナの時代を生きるための処方箋なのかもしれない。

 


RELEASE INFORMATION

TOM MISCH 『Quarantine Sessions』 Beyond The Groove/BEAT(2021)

リリース日:2021年12月3日(金)
配信リンク:https://tommisch.ffm.to/quarantinesessions

■国内盤CD
品番:BRC686
価格:2,200円(税込)

■国内盤CD+パーカー(数量限定)
サイズ:S-XL
品番:BRC686TS/BRC686TM/BRC686TL/BRC686TXL
​価格:9,350円(税込)

TRACKLIST
1. Chain Reaction
2. Cranes In The Sky
3. For Carol
4. Gypsy Woman
5. Parabens
6. Smells Like Teen Spirit
7. The Wilhelm Scream
8. Missing You

 

FKJ 『Ylang Ylang』 FKJ/BEAT(2019, 2021)

 リリース日:2021年12月3日(金)
品番:BRC655
価格:1,980円(税込)
配信リンク:https://fkl.lnk.to/YlangYlang

TRACKLIST
1. Earthquake
2. Risk
3. Ylang Ylang
4. Brother
5. 100 Roses
6. 10 Years Ago
7. Risk (Galimatias Version)