EP『Habit』(2016年)が評判を呼び、名門マタドールからのアルバム『Lush』(2018年)で鮮烈なデビューを飾ったスネイル・メイルの新作『Valentine』がリリースされた。前作から大きな飛躍を遂げた本作は、Pitchforkが2作連続で〈Best New Music〉に選ぶなど、2021年のベストアルバムの筆頭候補だ。今回はそんな『Valentine』について、音楽ライターの井草七海が、告白的なリリックとバラエティー豊かなサウンドの両面から迫る。 *Mikiki編集部
死んだら彼女に会えると思った……大失恋を赤裸々に綴る歌詞
ボルチモア出身のシンガーソングライター、スネイル・メイルこと現在22歳のリンジー・ジョーダン。当時まだ10代だった彼女の正直な感情をピュアに落とし込んだ歌詞に、インディーロック~エモのエッセンスを感じさせるセンチメンタルなソングライティングとサウンドで評価を得たデビューアルバム『Lush』から3年、劇的な進化を遂げたセカンドアルバム『Valentine』が彼女から届けられた。
今作のすべての曲でテーマになっているのは、彼女が経験したという大失恋。その言葉は他のアーティストに類を見ないほどに赤裸々である。〈あの子があなたじゃないってだけで嫌いになってしまう〉(“Ben Franklin”)、〈死んだら彼女に会えると思った/バスタブにお湯をためた〉(“Headlock”)……。粉々になった自身の心を綴った歌詞は、できれば直視したくない……と感じるほどに痛々しい。
ただ一方で、ここで歌われている感情というのは、その失恋の真っ只中のものではないようにも思うのだ。相手の浮気に気づきながら〈これを見届ける度胸はあるのか〉と妙に冷静な顔を見せたり(“Headlock”)、恋の終わりを察しながら〈始まりの最高な感じを維持するのは不可能〉と悟ってみたり(“Forever (Sailing)”)……と、すでにその荒波を乗り越えた目線から、過去の自分の状態を振り返るようなトーンで描かれているようにも感じられるのである。
〈スネイル・メイル〉ではなく〈リンジー・ジョーダン〉を取り戻した
同じく失恋をテーマにした楽曲でも、〈もう他の人のことは愛せない〉(“Pristine”)と歌うに留まっていた前作でのリンジーは、今作を聴いた上で振り返ってみると、いわばまだ恋に恋するティーンに過ぎなかったようにさえ思えてくるほどだ。では今作におけるこの、胸を引き裂かれるほどの失恋の痛みの経験に対する考察、という〈成熟〉に彼女を至らしめたのは何だったのだろうか。
実は、若くして名声を得たことやツアーの疲れから、今作の制作前にアリゾナのリハビリ施設に滞在していたというリンジー。PCやスマホを持たずカリキュラムに参加し、空き時間に本を読んだり日記をつけたり……という生活を送ったそうだ。アルバム2曲目の“Ben Franklin”では〈リハビリ施設から出た後、自分がちっぽけに感じる〉と歌うリンジーだが、そんなちっぽけな自分、すなわちアーティスト=スネイル・メイルではない本名の自分を取り戻す過程で、彼女は大人としての自己認識を初めて得たのだろうし、またそうした期間こそが、未だかつて経験したことのない痛みを客観的に把握することにも役立ったのだろう。