2019年4月21日
11:47 京都駅
4月21日、日曜日。いつも通勤で使っている品川駅にいたはずだったが、気付けば京都駅に降り立っていた。〈渋谷に出向くくらいの気軽さ〉というのは言いすぎかもしれないけれど、それくらいの気持ちで切符を買って、新幹線に乗り、2時間後にはあっという間に京都駅に。目的はひとつ。〈Yu-Koh α版〉というイヴェントに行くことだけだった。
盆地の京都は東京よりもあきらかに暑く、おまけにこの日は快晴。部活帰りだろう自転車に乗った京都の子どもたちも、外国人観光客も、みんなTシャツ姿だ。思わず自分もパーカーを脱ぐ。目指すは京都メトロ。開演の14時まで余裕があるので、京阪の神宮丸太町駅にあるメトロまでは歩いていくことにした。
Local Visionsとlightmellowbu
そもそも〈Yu-Koh〉とはなんなのかというと、〈Local Visionsとlightmellowbuの共催イヴェント〉という説明になる。では、〈Local Visions〉と〈lightmellowbu〉とは何なのか? そこから話さないことには〈Yu-Koh〉の特殊性やおもしろさ、その意味というのは伝わりづらい(レポートは次段から始めるので、両者についてよく知っている方は読み飛ばしていただければと思う)。
Local Visions(以下LV)については自分が熱心に記事を書いているので、もしかしたら知っている方もいるかもしれない。ヴェイパーウェイヴ愛好家としても知られる捨てアカウントが運営する、島根・出雲を拠点とするレーベルだ。
パソコン音楽クラブや猫 シ Corp.らが参加した2018年3月のコンピレーション『Megadrive』を皮切りに、LVは1年強で17もの作品をリリース。インターネットを中心に存在感を高め、販売したカセットの数々も即完売させるなど、快進撃を続けてきた。
そしてもう一方のlightmellowbu(通称〈bu〉。〈Light Mellow部〉という表記もある)というのは……これが説明しづらいのだが、Twitterアカウントのプロフィールがわかりやすいので、それを引こう。そこにはこうある。〈休日はいつもブックオフの280円コーナーを漁ってるシティポップ好きのディガー集団〉。
とはいえ、部員たちが愛好するシティ・ポップというのは、一般的にイメージされるそれ(例えば、山下達郎や大貫妙子らの作品)とはちょっと違う。拠点であるブログから言葉を借りればそれは、〈輝かしい70~80年代の名盤の影で完全にエアポケットと化した90~00年代産シティポップ〉ということになる。ディスクガイドに載らない、それどころかインターネット上にもほぼ情報がない、もちろん配信やストリーミングもない音楽――つまり中古CDでしか聴くことができない、往々にして無名のシンガーやミュージシャンによる、歴史の襞に埋もれたシティ・ポップ。それを掘り起こしているのがlightmellowbuということになる。
buには部長のハタを中心に、thaithefishや台車ことINDGMSKといった部員たちが在籍する。またミュージシャンである山田光(hikaru yamada and the librarians/feather shuttles forever)やtamao ninomiya、小川直人(ギ酸)、音楽ディレクター/ライターの柴崎祐二らも参加し、主にTwitterを経由して部員を増やし続けている(この原稿を書いている時点で15人)。いわばCDオタクのアベンジャーズ? ハタは漫画「HUNTER×HUNTER」にちなんで〈幻影旅団〉というたとえにこだわっているようだが……。
もともと近い場所にいたLVとbuが初めてイヴェントを開いたのが2018年12月9日、兵庫・神戸のOtohatobaで催された〈Yu-Koh 体験版〉だった。そこで〈体験版〉と示唆していたとおり、今回の〈α版〉はデモやトライアルではない、満を持しての本番ということになる。
12:50 京都メトロ
とんでもなく前置きが長くなった。
京都駅からだらだらと歩いて1時間強。途中で昼食をとったりしつつ、神宮丸太町駅に着くと、すでに入場を待つお客さんたちの行列ができていた。京都メトロは地下鉄の駅の出口の途中にエントランスがあるので、列はそこから地上へと伸びている。僕が並ぶと、その後ろにもどんどん人が連なっていく。しかも男女問わず、なんだかおしゃれな若者たちばかり。ネット・レーベルとCDオタク集団が主催する謎めいたイヴェントなのに……なんて失礼なことを考えていると、柴崎祐二に話しかけられた。一瞬、〈ここって渋谷区?〉と勘違いするものの、周りから京都弁や大阪弁の話し声が聞こえてきたことで、自分が左京区にいることをなんとか再確認した。
14:00 lightmellowbuのトーク
14時になると同時に開場と開演。なかなか列が進まず、ようやくメトロの中に入ったところですでにbuのトークが始まっていた。
登壇者はハタ、thaithefish、INDGMSK、バルベースの4人。ミキサーやターンテーブルの前でマイクを持ち、持ち寄ったCDを流しつつ語り合っているのだが、楽曲の話題から脱線して〈良いブックオフと悪いブックオフの違い〉だとか、早くも強烈にディープな話題で盛り上がっている。日曜の昼だというのに、なんというイヴェントだろう……。
入口の前では物販が展開。LVのコンピレーション『Oneironaut』(〈Yu-Koh〉は同作のリリース・パーティーでもある)をはじめとした多数のカセットテープ、SNJO『未開の惑星』のCD版、それにbuのZINE「bu紙」第3弾や缶バッジ、大量のステッカーなどが並ぶ。そのそばには、ファンにはお馴染み、捨てアカウントの代名詞(?)であるホースリールや台車(=INDGMSK)の模型が置かれている。
会場限定のカセットなども売られていたので、物販目当てのお客さんも多かったのだろう。開場からすでに長蛇の列で、会計係の主催者たちはせわしなく動き回り、若干テンパり気味だ。目の前ではカセットやbu紙が飛ぶように売れていく。物販の列はその後もしばらく途絶えることはなかった。
15:00 wai wai music resortのライヴ
buのトークが終わると、ステージでは最初のライヴ・アクトであるwai wai music resortが演奏を始める。wai wai music resortはLVから初のEP『WWMR 1』を同月にリリースしたばかりの兄妹デュオ。大阪で活動する2人のことは関西の友人たちが以前から話題にしていたので、その名前はよく見かけていた。
緩やかにスタートした演奏とともに展開されたのは、ベッドルームを経由してだらりとのびた、ムーディーなブラジリアン日本語ポップス~AORといえばいいのか……。どうにも形容しがたいサウンドと、揃いのシャツを着たLisa(妹)とエブリデ(兄)の気怠げな歌声、そしてギターの音色が溶け合う。ライヴを観たのは初めてだったが、その隙のない完成度の高さには圧倒された(なんと今年1月に初めてライヴをしたばかりだったとか)。
背後で流れていた映像も忘れがたい。とある曲では、失われた未来を幻視するかのようなリゾート地のプロモーション映像が流れていた。80年代後半から90年代前半のものとおぼしき、椰子の木が林立するVHS画質の映像。ソフトに死んでいる、ヴェイパーウェイヴ的な世界観。それがwai wai music resortのアンニュイな音楽と、なんとも見事に噛み合っていた。
15:30 ハタのDJ(およびヤマハの教材CDで踊る若者たち)
wai wai music resortのライヴが終わると同時にハタのDJへ。出演者が多すぎるためか、DJはそれぞれ15分というタイトな超ショート・セット。なかでもハタのDJは……とにかく変わっていた。
特に忘れられないのがヤマハの教材CDから流された“Sunday Flight”という曲で、2019年に聴くことはほぼないだろうエレクトーンの響きがあまりにも強烈だった(そのCDはbuのブログでもちゃんと紹介されている)。このダサいのか、一周回って新しくてクールなのかまったくわからない曲で若者たちが踊っている光景を目撃したことは、音楽の価値や評価というものについて改めて考えさせられるに十分な体験だった。
15:45 pool$ideのライヴ
そんなハタのDJからバトンを受けた(?)のは、神戸のpool$ide。水の音や水を連想させる音色をコンセプチュアルに扱うこのプロデューサーのサウンドは、LVから作品をリリースしているミュージシャンたちのなかでも珍しく、ヒップホップやベース・ミュージックとの親和性が極めて高い。
出演者のSNJOは〈プール君の曲メトロの音響で聞きたかった〉とつぶやいていたが、音と音の隙間を活かし、ローを強く響かせるpool$ideのトラックはたしかにメトロで映える。
彼のライヴで印象深いのは、〈体験版〉のライヴでもプレイされていたチャイルディッシュ・ガンビーノ“This Is America”のリミックスとリル・パンプ“Gucci Gang”のトロピカル・ヴァージョン。前者はダンサブルかつ〈水っぽい〉クールな音で、Otohatobaで聴いたとき以上の存在感を放っていた。pool$ideの、LVのテイストとは少し異なるこうしたヒップホップ・リミックスをハコの鳴りで聴けることの楽しさを素朴に噛み締める。
16:15 バルベースのDJ
続くバルベースのDJは女性ヴォーカルを中心としたセットで、buの正調ともいうべきムード。
知られざるLight Mellowな名曲たちを繋ぐ彼のセットで特に記憶に残ったのは、真田広之のダンディーでグルーヴィーな“愛の行方”。これぞ80年代末、という手触りの曲で、調べてみると作詞は秋元康、作曲は知る人ぞ知る短命ポップ・トリオ、PAZZの岩田雅之だった。もともとバンドの楽曲だったようで、バルベースたちはこの後PAZZの話題で盛り上がったとか……。
16:30 Gimgigamのライヴ
ライヴ・アクトの3番手は、LVからアルバム『The Trip』を今年2月にリリースしたGimgigam。wai wai music resortとはまた趣の異なる、どこか楽天的でトロピカルなポップスを提示する彼は、プロの作曲家としても活動している。そのためか、彼の音楽からは品格やエレガンス、そして職人的な緻密さが感じられる。
ライヴにしてもそうで、時にダンサブルなビートでフロアをわかせ、時にチルなムードを醸しながら、切れ目なく、だが緩急をつけた演奏をする。Gimgigamはギタリストでもあるのだが、電子音に絡みつくそのジャジーでファンキーなギターは、ライヴを通して強い存在感を放っていた。また、Tenma Tenmaをヴォーカルに迎えて“Daydream (Tenma Tenma Remix)”を演奏した際は、Gimgigamがギターをベースに持ち替えていたこともよく覚えている。
ヴォーカリストでもあるTenma TenmaやSNJO、ギターを弾き歌も歌うTsudio Studioのように、LVから作品を発表しているミュージシャンたちには生演奏を重視し、それを強みとする者も多い。そのフィジカリティーやある種のミュージシャンシップは、コンピューターで制作を完結させるベッドルーム・ポップ的なDIY感覚に留まらないもの。それは彼らに共通する特徴の一つであり、なおかつこうしたライヴの場で身軽なコラボレーションをやってのけるしなやかさに繋がっているのだろうと感じた。
17:00 thaithefishのDJ(そして“LOVELAND, ISLAND”がメトロに響いた)
buのDJで、ただ一人アナログで回したのがthaithefishだった。シティ・ポップへの純粋で実直な愛情を表明した、(しかしひねりの効いた)実に感動的なDJだったが、忘れられないのは山下達郎の“LOVELAND, ISLAND”をかけた瞬間のこと。シティ・ポップの象徴のような存在の、さらに誰もが知る名曲をこの〈Yu-Koh〉でかけたことは、また異なる意味合いを持った。
聴き手や批評家たちから無視された、誰も知らない、自分たちだけの名曲・名盤を探し求めるbuの姿勢や価値観からいえば、thaithefishのDJはご法度であり掟破りだったかもしれない。が、ヴェイパーウェイヴ~フューチャー・ファンクへの流れ、YouTubeのマジックによる竹内まりや“Plastic Love”の再評価などを経て価値観が270度くらいは変わっただろう現在、彼がメトロでかけた“LOVELAND, ISLAND”はまた別の意味を持ったし、別の輝き方をしたのだ。
一部の部員たちはどこか自嘲的に〈パルチザン〉と自称することもある。だがbuの活動には、歴史の空白地となっている場所をなんらかの形で埋め、体系化しようという博物学的な欲望もどこかにあることは否めないだろう。それを思えば、実際buの活動は正統的なディグ行為なのだ。そうしたbuの意味合いをthaithefishのDJはいま一度、さりげなく提示した。つまり、歴史の糸のほつれを縫い直し、さらにメトロに遊びに来ている若者たちをそこにこっそりと巻き込んでしまおうという企てが、彼のDJに感じられたのだ。……というのは深読みしすぎだろうか?