田中亮太「Mikiki編集部の田中と天野が、海外シーンで発表された楽曲から必聴の楽曲を紹介する週刊連載〈Pop Style Now〉。ちょっと話題が古くなってしまった感じもしますが、この一週間で話題だったのは9月13日に開催された〈メット・ガラ〉でしょうね。ミュージシャンを含めて多くのセレブたちが参加し、その装いが話題になりました」

天野龍太郎「〈メット・ガラ〉は米NYのメトロポリタン美術館で開催されるファッションの祭典で、服飾研究所の運営資金を集めるためのイベントです。今年のテーマは〈アメリカにて:ファッションの辞書〉で、銀ピカの剣とマスクがヤバかったグライムス日本の『Fate』シリーズにインスパイアされたという金の鎧を着たリル・ナズ・X黒づくめのカニエ・スタイルで現れたキム・カーダシアンなどがおもしろかったですね。個人的に最高だったのは、プラダと緑色の赤ちゃんの人形でキメたフランク・オーシャン。テーマとどう関係しているのかはよくわかりませんでしたが(笑)」

田中「その一方で、今年は〈パフォーマティヴ・アクティヴィズム〉への批判が目立ちました。きっかけのひとつになったのは、下院議員アレクサンドリア・オカシオ=コルテスの〈富裕層に課税せよ〉とプリントされたドレスです。服に明快なメッセージをプリントしたり、ただ流行に乗るかのようにアクティヴィズムにソーシャル・メディア上で賛同してみせたりと、セレブが形だけの政治的な姿勢を表現することが問い直されました。個人的には、コルテスさんをそこまで批判するが必要のあるのかな……?と思ったんですが」

天野「僕も、知名度や発信力のあるアーティストのそういった活動はそれなりに意義があることだと思うのですが、いまはどれだけ問題と誠実に向き合って実際的なアクションをしていくのか、ということが問われるフェイズなのでしょうね。アーティストやセレブにいろいろなことを背負わせすぎな気もしますが、流行に乗って形だけのメッセージを発して脚光を浴びるのは、たしかに不誠実。ただ、なかなか難しい問題だと思います。それでは、今週のプレイリストと〈Song Of The Week〉から」

 

Snail Mail “Valentine”
Song Of The Week

天野「〈SOTW〉はスネイル・メイルの新曲“Valentine”です。スネイル・メイルことリンゼイ・ジョーダン(Lindsey Jordan)は99年生まれ、メリーランドのエリコット・シティ出身のシンガー・ソングライター。ファースト・アルバム『Lush』(2018年)がリリースされたときにMikikiは彼女のことをがっつり取り上げたので、知っている方も多いはず」

田中「『Lush』は、多くのメディアやリスナーたちからその年のベスト・アルバムに選ばれた傑作でしたね。今回そのスネイル・メイルが、待望のセカンド・アルバム『Valentine』を11月5日(金)にリリースします。同作から最初のシングルとして発表されたのが、このタイトル・トラックでした」

天野「“Valentine”では、前作のときはまだ幼い感じがあった歌声が深みを増して、ちょっと低くてかすれた感じになりましたね。ローファイでパンキッシュだった『Lush』に比べると、サウンド・プロダクションがリッチかつ分厚くなっていて、彼女が力強く進化を遂げたことを表しています。アナログ・シンセサイザーなどを用いた幻想的な作りは、共同プロデューサーであるブラッド・クック(Brad Cook)の貢献が大きそう。印象的なのはサビで、一気に加速して爆発するパンク魂、エモさが最高。サウンドは変化して成熟したけどスネイル・メイルの曲だなあ、と感じ入りました」

田中「歌詞は〈さあ、2人きりになろう/誰にも知られない場所、ハニー〉という甘いラインから始まりますが、その後は苦しみや痛みに満ちていますね」

天野「〈どうして私を消し去ろうとするの、ダーリン・ヴァレンタイン?/心変わりをするまで、あなたは私がどこにいるのかをいつも知っていた〉。ゲイ(レズビアン)であることをオープンにし、自身の愛の困難や苦痛を歌にしてきたスネイル・メイルらしい曲だと思います」

 

Hatchie “This Enchanted”

田中「またしてもマッドチェスター・ヴァイブスな名曲が登場。ハッチーの“This Enchanted”です。オーストラリアのシンガー・ソングライター、ハッチーことハリエット・ピルビーム(Harriette Pilbeam)は2019年に発表したファースト・アルバム『Keepsake』が高く評価され、リリース前の〈PSN〉では彼女の曲をたびたび取り上げました。『Keepsake』はドリーム・ポップの傑作でしたね!」

天野「そうですね。ハッチーは以前ヘヴンリーというレーベルから作品をリリースしていたのですが、この“This Enchanted”はシークレットリー・カナディアンに移籍してから初めての曲。ワウ・ギターやキラキラした音色のギター、シンコペーションするピアノをブレイクビーツに重ねた、アッパーでダンサブルなポップソングです。コーラス(サビ)で暴れるシューゲイズな轟音が喚起する高揚感がたまりません」

田中「彼女らしい90sインディーのテイストをベースにしつつ、先週の当連載でムーナを紹介する際に引き合いに出したナタリー・インブルーリアやアヴリル・ラヴィーンなどの、90年代後半から2000年代前半のメインストリーム・ポップ/ロックの感じもありますよね。メロディック・パンクの再興も含めて、90年代の再評価は2021年の気運なんでしょうね」

天野「まあ、僕はこの90年代リヴァイヴァルに早くも食傷気味というか、〈みんな似たようなサウンドをやりすぎ!〉と思っているんですけど……(苦笑)。とはいえ、シークレットリー・カナディアン所属になったハッチーの今後は楽しみです」

 

The War On Drugs feat. Lucius “I Don’t Live Here Anymore”

天野「ウォー・オン・ドラッグズは、USインディー好きなら知らない人はいないアーティストですよね。アダム・グランデュシエル(Adam Granduciel)を中心とするロック・バンドで、シンガー・ソングライターのカート・ヴァイルも元メンバーでした。これまでリリースした4作のアルバムは、いずれも傑作。そんな彼らがメジャーのアトランティックからリリースした『A Deeper Understanding』(2017年)以来4年ぶりの新作『I Don’t Live Here Anymore』を10月29日(金)に発表するということで、バンドのファンやUSインディーのリスナーは色めき立っているわけです」

田中ファースト・シングル“Living Proof”はアコースティック・ギターやピアノ、オルガンなどが重ねられた穏やかで滋味深くて幻想的な曲でしたが、このセカンド・シングルでタイトル曲はいかにもウォー・オン・ドラッグズという感じの力強いロック・ナンバー。ミニマルなビートやだんだん上昇していくようなサイケデリックな感覚は、とても彼ららしいですよね。そこに、ゴスペル的なコーラスと、デストロイアーをほうふつとさせる80年代っぽいキラキラとしたサウンドが加わっていることで、ウォー・オン・ドラッグズらしいけど新境地、という感じの一曲に仕上がっています」

天野「本当にいい曲ですよね。ちょっとブルース・スプリングスティーンっぽいですし、Pitchforkが〈Best New Track〉に選んだのも納得! 歌詞にはボブ・ディランの名前と彼の楽曲“Desolation Row”(65年)への言及があって、〈もうこの場所で生きていたくない/でも行く場所なんてない〉と閉塞感が歌われています。まさに、〈ノー・ディレクション・ホーム〉。〈私たちはこの闇のなかをただ自分で歩くだけ〉というラインも印象的で、現在のアメリカ、ひいては世界の状況を歌っているかのよう。ちなみに、ゴスペルっぽいコーラスを歌っているのが、フィーチャリングされているルーシャス。双子のような見た目が特徴的なホリー・レッシグ(Holly Laessig)とジェス・ウルフ(Jess Wolfe)を中心とするブルックリンのインディー・ポップ・バンドですね。とにかく、ウォー・オン・ドラッグズの新作が楽しみになるシングルだと思います!」