10代の不安や孤独を嘘のない言葉で歌ったロック・プリンセスに、世界中の少年少女が虜になった。アヴリル・ラヴィーンみたいになれたらいいのに――いまも若者たちから憧れの声が止まない彼女のベスト盤が登場。恋愛や病気……己の現在地を表現し続けてきたシンガーの歩みを振り返る
アヴリル・ラヴィーンが先日リリースした『Greatest Hits』。本作が彼女にとって初めてのベスト盤だと聞いて、意外に感じる人は少なくないのではないかと思う。何しろアヴリルは言うまでもなく、カナダ音楽界が生んだ最大のスターの一人。放ってきたヒット曲は枚挙に暇がなく、ベスト盤の1枚や2枚は埋められる。なのにデビュー22年目にしてようやくキャリアを総括しようというのは、一貫して独自の道を淡々と歩んできた彼女らしい展開であり、昨今、00年代初頭にギター・ロックを志向していた数少ない女性アーティストとして再評価の声が高まっていたことを踏まえれば、結果的には申し分ないタイミングだと言うべきだろう。
正直に生きたいと歌う姿
そんなアヴリルがカナダのオンタリオ州で生まれたのは84年のこと。人口5千人ほどの小さな町ナパニーで子ども時代を過ごし、教会の聖歌隊で歌の楽しさに目覚め、まずはゴスペル、続いてカントリー・ミュージックに親しみ、ティーンエイジャーになると当時流行していたポップ・パンクに夢中になるという具合に、多様な音楽を吸収して育ったという。そしてミュージシャンに憧れて曲作りを始める一方、タレント・コンテストなどさまざまなイヴェントで歌を披露しているうちに音楽業界関係者の目に留まり、16歳にして大手レーベルのアリスタと契約。高校を中退してアメリカに拠点を移し、マトリックスやクリフ・マグネスと制作したファースト・アルバム『Let Go』を2002年に発表した。
世代的にはいわゆるミレニアルに属する彼女だが、セクシーな衣装に身を包んで、R&Bやヒップホップに根差したポップ・ミュージックを踊りながら歌うという、当時のメインストリームを彩っていたテンプレートとは、デビュー当時から一線を画していた。初期の代表曲のひとつ“Sk8er Boi”のMVを通じて注目を浴びたファッションはいたってボーイッシュ、ギターを弾きながら自分を悩ませる不安感や孤独感を率直な言葉で分かち合う姿は、世界中で熱狂的な支持を獲得。音楽的にも、前述したポップ・パンク、グランジ~オルタナ、ヘヴィ・ロックやミクスチャー・ロック……と、90年代のロックのさまざまなスタイルを消化して等身大のポップな表現に落とし込み独自の色を打ち出した。そして、己に正直に生きたいという堅固な意志を映すデビュー・シングル“Complicated”のヒットにも押されて、『Let Go』は故郷のカナダで早速No.1を記録。全米チャートでは最高2位にランクインしたのち、世界合計で2千万枚を売り上げることになる。
大ブレイクを受けて、カナダの2003年ジュノー賞で最優秀アルバム賞など4冠を達成し、第45回グラミー賞では新人賞と楽曲賞を含む5部門の候補に挙がったアヴリルは、さらに2年後、セカンド・アルバム『Under My Skin』(2004年)を全米チャートのトップに送り込む。ブッチ・ウォーカーに加えて、シンガー・ソングライターのシャンタール・クレヴィアジックとアワ・レディ・ピースのフロントマン=レイン・メイダというカナダ人のミュージシャン・カップルをコラボレーターに起用した同アルバムでは、ファーストのオーガニックなロック路線を引き継ぎながら、全般的によりダークなサウンドにシフト。人間関係にフォーカスし、しばしばメッセージ性を帯びた歌詞に成長の跡を刻んだ彼女だが、サード・アルバム『The Best Damn Thing』(2007年)では一転して、Drルークのようなメインストリームなプロデューサーから、当時結婚したばかりだったサム41のデリック・ウィブリーまで幅広い面々の手を借り、よりキャッチーなポップ・パンクを披露。満を持して初の全米No.1シングル(“Girlfriend”)も生まれた。
ちなみに日本でもデビュー当初から絶大な人気を誇っていたアヴリルは、2003年5月には初来日公演にして日本武道館のステージに立ち、『The Best Damn Thing』までの3枚のアルバムは日本でも連続でミリオンセラーになるという、海外アーティストとしては後にも先にも例のない快挙を達成している。

いくつかの別れと闘病を経て
しかしヒットの定石に縛られない彼女は、4作目『Goodbye Lullaby』(2011年)でまたもや方向転換。マックス・マーティンがプロデュースした先行シングル“What The Hell”こそ前作の延長上にあったが、アルバムそのものはもっぱら抑制の効いたシンガー・ソングライター然としたスタイルに貫かれており、内省へと向かったそれら楽曲群は、『Let Go』にも感じられた、アラニス・モリセットやサラ・マクラクランら同郷の女性アーティストたちからの影響を匂わせるものだった。こうしたアプローチを選んだ背景にデリックとの関係の破綻があったことは想像に難くなく、ビターな別れの曲と、新しい恋の始まりを描く曲が混在。にもかかわらずデリックが多くの曲のプロデュースを手掛けていたことも、リスナーを驚かせた。
それから間もなくしてアヴリルは、デリックと同様にカナダ人のミュージシャンで、ニッケルバックのシンガーであるチャド・クルーガーと交際を始め、5作目『Avril Lavigne』(2013年)ではそのチャド、ボーイズ・ライク・ガールズのマーティン・ジョンソン、元エヴァネッセンスのデヴィッド・ホッジスといったロック・アーティストたちと共作。タイトルが示す通り、ポップ・パンク、アンセミックなロック、オーケストラを配したバラード、マリリン・マンソンをフィーチャーしたヘヴィ・ロック、あるいは日本のファンを湧かせたアヴリル流EDMとでも呼ぶべき“Hello Kitty”などなど、それまでの10年間の音楽遍歴を網羅しつつ新境地も拓いた、かつてなく多様な一枚となった。
そんな『Avril Lavigne』からも“Here’s To Never Growing Up”が世界規模のヒットを博し、2014年には〈サマソニ〉への出演を含めて、2度にわたる来日ツアーを敢行。順調にキャリアを重ねていたのだが、ここにきてひとつの大きな試練と直面する。2010年に難病を患う人々のサポートを目的に掲げてアヴリル・ラヴィーン財団を設立していた彼女が、みずから難病のライム病に罹患。ほとんど寝たきりの状態に陥り、一時は生死の境をさまようほど病状が悪化したという。それでもなんとか危機を切り抜けると、闘病生活をインスピレーションに転化して、ソングライティングを再開。数多くの曲が生まれた。その筆頭が、スピリチュアルな内容ゆえにアメリカではクリスチャン・ミュージック系チャートでもヒットを記録した、壮大なロック・バラード仕立てのファースト・シングル“Head Above Water”だ。
もっとも、同名の6作目のアルバム『Head Above Water』(2019年)のほうは決して、試練の克服というテーマに特化した重い作品ではなかった。この頃には離婚に至っていたチャドや、エモ・バンドのウィー・ザ・キングスを率いるトラヴィス・クラークから、久しぶりの共作となったマトリックスのローレン・クリスティまで多数の共作者/プロデューサーを起用したアヴリルは、ノスタルジックでジャジーなテイストを掘り下げたり、“Dumb Blonde”では初めてラッパー(ニッキー・ミナージュ)と共演したり、ふたたび音楽を作り、歌うことができる喜びを純粋に楽しんでいるようにも見えた。

再評価、そしてさらなる回帰へ?
コロナ禍を経ての2021年、彼女は、ブリンク182のドラマーでありプロデューサーとしても活躍を見せていたトラヴィス・バーカーが主宰するレーベル、DTAに移籍。トラヴィス自身とゴールドフィンガーのジョン・フェルドマン、アヴリルの新たな交際相手と報じられたシンガー・ソングライターのモッド・サンことデレク・スミスの三者が、バンドを兼ねて全面的にバックアップする形で、7作目『Love Sux』(2022年)を完成させる。ポップ・パンクのキーパーソンであるトラヴィスの関与が予告していたように、デビュー20周年の記念すべき年に登場した『Love Sux』では、マシン・ガン・ケリー(現MGK)やブリンク182のマーク・ホッパス、ブラックベアといったゲストを含めて、全編をポップ・パンク色で統一。ルーツ回帰の痛快なロックンロール・アルバムとなった。折しも音楽界ではポップ・パンクのリヴァイヴァルが起きており、ミート・ミー・アット・ジ・アルターら新世代のポップ・パンク勢、もしくは、オリヴィア・ロドリゴからヤングブラッドに至るポップ・パンクを愛して育った若手アーティストたちがアヴリルの及ぼした影響を語るなど、彼女が果たした役割の大きさを強調する声は、『Love Sux』のリリース、そして『Let Go』のアニヴァーサリー・リイシューを受けて、高まるばかり。そうした状況下で『Greatest Hits』を送り出すアヴリルは、オール・タイム・ロウやシンプル・プランを前座に従えて、ずばり〈Greatest Hits Tour〉と題されたツアーを現在敢行しており、これまた意外にも初めてとなる、〈グラストンベリー〉のステージにも立つ予定だ。
そしてこれに先立つ5月には、ナッシュヴィルで開催されたACMアワード(アカデミー・オブ・カントリー・ミュージックが主催するカントリー界の主要な音楽賞のひとつ)に姿を見せたアヴリル。この夜、最優秀新人男性アーティスト賞に輝いた気鋭のニューフェイス、ネイト・スミスのヒット曲“Bulletproof”に彼女がゲスト・ヴォーカルを添えるリミックス・ヴァージョンを、二人でお披露目した。
ほかにも最近では、2022年に同じくACMが主催した、カナダ出身のカントリー歌手、シャナイア・トウェインの功績を讃えるトリビュート・コンサートにも参加。実はアヴリルは14歳のときに、シャナイアが企画した歌のコンテストで優勝して彼女と共演して以来、ずっと交流を続け、ロールモデルにしてきたという経緯がある。シャナイアのアイコニックな衣装を意識したレパード・プリントのドレスを纏って、きりりとこぶしの効いたカントリー・ヴォーカルを堂々と披露したアヴリルを、「あなた、真剣な話、カントリーをやるべきだったのよ!」とシャナイアは賞賛。間違いなくカントリーの世界へと接近しており、さらにネイトとアヴリルが今回のコラボを機に他にも曲作りを行っているとも報じられている。そうした情報を踏まえると、ポップ・パンクの次はさらに音楽的ルーツを遡ってカントリーに立ち返るというシナリオも、十分に考えられるのではないだろうか? *新谷洋子
I’M WITH YOU
アヴリル・サウンドへの貢献者たち……と、そこから辿れる恋のヒストリー
ポップなロックという基本路線はブレないものの、時と場合に応じて有益なスタッフを幅広く登用してきたアヴリル。ファースト・アルバム『Let Go』で起用したマトリックスとは、仲良く一緒に大ブレイク。後に彼らはヒラリー・ダフやリリックスを手掛けて一世を風靡することに。2作目『Under The Skin』では、リットやリンキン・パークで時代の寵児となったドン・ギルモア、エヴァネッセンス脱退後のベン・ムーディ、マーヴェラス3解散後のブッチ・ウォーカーを起用。ブッチはその後、ピンクやフォール・アウト・ボーイを手掛けるヒット・プロデューサーへと躍進した。そのブッチも貢献した3作目『The Best Damn Thing』では、かつてアヴリルのライヴ・メンバーだったエヴァン・タウベンフェルドが多数を共作。グリーン・デイを手掛けるロブ・カヴァロ、夫となったサム41のデリック・ウィブリーもプロデュースに参加した。が、それ以上に驚かせたのが、ケリー・クラークソンらを手掛けるDrルークとのタッグだろう。その後の彼はケイティ・ペリーをヒットさせ、ケシャのデビューをお膳立て。ポップ・シーンを塗り替えた。
4作目『Goodbye Lullaby』にも、人気プロデューサーのマックス・マーティンとシェルバックが参加しシングル・ヒットを放ちつつ、常連組となったブッチ、エヴァン、そしてすでに離婚後のデリックらが協力した。そして5作目『Avril Lavigne』になるとニッケルバックのチャド・クルーガーとの恋が芽生えて、共作とプロデュースでガッツリ関与し、リリース時には結婚へと。何を思ったのか、マリリン・マンソンとコラボというオマケ付き。
6作目『Head Above Water』の頃にはチャドと離婚していたがタイトル曲には彼も貢献。元彼のライアン・カブレラや、一時恋の噂もあったJR・ロテムやミッチ・アレンも動員された。さらにニッキー・ミナージュとのコラボという新境地も。7作目『Love Sux』になるとトラヴィス・バーカー、マシン・ガン・ケリー、ブリンク182のマーク・ホッパスらをバックに付けて、制作中に意気投合したというモッド・サンとは婚約するも、慌てて解消。というわけで、コラボ遍歴を解説するはずが、すっかり恋愛遍歴を追うことに……仕事と恋が常に一致(?)のアヴリルなのだ。 *村上ひさし
左から、エヴァネッセンスの2003年作『Fallen』(Epic)、ピンクの2006年作『I’m Not Dead』(LaFace)、ケイティ・ペリーの2008年作『One Of The Boys』(Capitol)、サム41の2011年作『Screaming Bloody Murder』(Island)、ニッケルバックの2011年作『Silver Side Up』(Roadrunner)、モッド・サンの2017年作『Movie』(Rostrum)
SK8ER GIRLS & BOYS!
ポップ・パンク――90年代の爆発と現代に鳴る意味を改めて考える
今年3月に開催されたNOFXとサム41のラスト・ツアーは凄まじい盛り上がりだったし、ディセンデンツの日本における人気にも目を見張るものがある。ここ日本においてはHi-STANDARDの存在は大きく、メロディック・パンクは音楽カルチャーに深く根付いている。そして登場するのが本稿の主役、アヴリル・ラヴィーン。彼女とポップ・パンクは切っても切れない関係にあるのだ。
90年代中盤、グリーン・デイの『Dookie』とオフスプリングの『Smash』が爆発的なセールスを上げ、メロディック・パンクは世界的に市民権を得た。その影響を受けて新世代のポップ・パンクを鳴らしたのがブリンク182だ。99年にリリースした『Enema Of The State』は世界で700万枚以上を売り上げ、おバカなキャラも相まって、その名を轟かせる。
そして2000年代初めにキャッチーな旋律とパンク特有の疾走感を浴びまくったアヴリルがデビュー。彼女の偉大さは、ポップ・パンクにおける男女の壁を取っ払う役割を果たしたことだ。Dizzy Sunfistのあやぺたはハイスタとアヴリルが好きで、〈女の子でもパンクがやれる!〉と奮起したという。ポップ・パンク/エモの文脈から出てきたパラモアも、アヴリルが開拓した土壌と無関係ではないだろう。
昨今のポップ・パンク・リヴァイヴァルは、2020年にラッパーのマシン・ガン・ケリーが完全ポップ・パンク作『Tickets To My Downfall』 を出し、初の全米1位を獲得したことが大きい。さらにパンク/エモの祭典〈When We Were Young〉の開催も話題を呼んだ。ポップ・パンクはジェンダーやジャンルの壁を超え、パンデミックの闇から精神を解き放つ装置として多くの人に支持された。
そもそもアヴリルが多大な影響を受けたブリンク182の音楽性はポップ・パンクに止まらず、ヒップホップなど多様な音楽を吸収し、それ以前のパンクとは一線を引く自由度を獲得していた。その姿勢は日本だとTOTALFATが継承している。オリヴィア・ロドリゴのポップ・パンク曲“good 4 u”を例に出すまでもなく、いまはさまざまな形でポップ・パンク的な自由と開放感が求められているのではないだろうか。〈音楽は時代を映す鏡〉なんて言い回しはベタだが、AIが社会を侵食する現代において、人間らしさ=感情の発露という面からも、ポップ・パンクはいまもっとも正当に継承・評価されている気がしてならない。 *荒金良介
左から、グリーン・デイの94年作『Dookie』(Reprise)、Dizzy Sunfistの2023年のミニ・アルバム『PUNK ROCK PRINCESS』(コロムビア)、パラモアの2005年作『All We Know Is Falling』(Fueled By Ramen)、マシン・ガン・ケリーの2020年作『Tickets To My Downfall』(Interscope)、ヤングブラッドの2022年作『Yungblud』(Interscope)、ブリンク182の2023年作『One More Time...』(Columbia)、オリヴィア・ロドリゴの2021年作『Sour』(Geffen)
DISCOGRAPHIC AVRIL LAVIGNE
アヴリルを知るための7枚
カナダで生まれ育った10代のカントリー・ガールが、まだ売れっ子になる前のマトリックスと組み、2000年代初頭のオルタナがポップ化していく空気をめいっぱい取り込みながら制作したファースト・アルバム。グランジ的なダイナミズムをウェルメイドに昇華した“Complicated”、爽快なパンク“Sk8er Boi”など、とにかく鮮烈!
アラニス・モリセットに影響を受けたフォロワーとしても同郷の先輩にあたるシャンタール・クレヴィアジックと多くの楽曲を共作した2作目。ブッチ・ウォーカーや元エヴァネッセンスのベン・ムーディーらも招かれ、音作りはヘヴィーかつダークに。グッド・シャーロットの同年作などと並び、漆黒のアイラインとゴスな空気を共有していた。
〈楽しくて明るい音楽を作りたかった〉という言葉通り、以降の作品を含めても、もっともポップで弾けた印象を与える3作目。初の全米No.1シングルとなったDrルーク製のパワー・ポップ“Girlfriend”やMVでチアガールに扮した表題曲などを擁し、突き抜け感が実にチャーミング。トラヴィス・バーカーも数曲でドラムを叩いている。
グランド・ピアノの上にオフホワイトのドレス姿で座る姿からも、過去作とムードが異なるのは歴然。離婚したデリック・ウィブリーとの共作曲が約半数を占め、内省的でスロウなサウンドが悲しみと孤独に寄り添う。初顔合わせのマックス・マーティン&シェルバックは“What The Hell”などラジオ・フレンドリーなサウンドを提供。
当時の夫、ニッケルバックのチャド・クルーガーが多くの楽曲に関与していて、ビール片手に合唱したくなるアメリカン・ロックが中心……という面もありつつ、日本語の歌詞も飛び出すエレクトロなキティちゃん讃歌やマリリン・マンソンを迎えた“Bad Girl”など、振り幅の広さではキャリア随一の5作目。 いろいろな表情が愛らしい。
2014年に診断されたライム病との闘い、そこから回復していく際の心境がストレートに綴られた6作目。アレサ・フランクリンなどの往年のソウル曲を下敷きにした“Tell Me It’s Over”、フォーキーな“Goddess”などで歌い手としての成熟を見せつつ、ニッキー・ミナージュとの“Dumb Blonde”などキュートな姿が健在なのも嬉しい。
最新作にして7作目は、キャリア史上もっともポップ・パンクへと振り切ったアルバム。ジャンルのリヴァイヴァルとは別アングルでの彼女自身への再評価にも加速させられたのか、エネルギーに満ち溢れている痛快作だ。マシン・ガン・ケリーやブラックベアらエモ・ラップ以降のパンクスたちを従える姉御っぷりも頼もしい!
OTHERDISCOGRAPHIC
COMPILATION
12” Masters Essential Mixes: Avril Lavigne(2010)
BEST
Greatest Hits

PEOPLE TREE
耳で聴いたピープル・トゥリー
アヴリルにとって、音楽家としてのキャリアを歩むきっかけを作ってくれた恩人と言うべき存在にあたる同郷カナダはオンタリオ州のシンガー。2022年のシャナイアを讃える授賞式でアヴリルが歌った“No One Needs To Know”は、この大ヒット・アルバムとなった2作目に収録。軽妙さが愉しいポップ・カントリーの佳曲だ。
ウィーザーやファウンテインズ・オブ・ウェインらと2000年頃のパワー・ポップを盛り上げたウィータス。本作収録のロック・クラブ・アンセム“Teenage Dirtbag”でも特徴の、ヒップホップ的なリズムとハードロッキンなギターを重ねつつ、青臭いメロディーをシャウトするスタイルは、以降に多くのフォロワーを生み出し、アヴリル初期にも繋がる。
日韓英語を操るトリリンガルのラッパーは、自身の母親と同列に、アヴリルを〈やりたいことを貫いて輝く姿に憧れた〉と語る。こちらは、そんな彼女の4作目。トラップやラテンなどグローバルなポップ・トレンドを反映したトラックとY2K的なギター・サウンドが巧みなバランスで混ざっており、特に“TOKYO 4AM”は絶妙だ。
『Love Sux』前後は、リア・ケイトやキャシエットといった初期のアヴリルを彷彿とさせるパンキッシュな作風のポップ・シンガーの登場が目立ったが、彼女もそのひとりと言えるだろう。この初作は、“Sk8er Boi”然とした“Cages”も備えつつ、デカダンなサウンドはパンクと言うよりエモ。『Let Go』以上に『Under My Skin』寄りだ。
いま振り返っても2021年序盤に『Let Go』オマージュ?なジャケットをあしらったのは早かったし、トレンドへの感度ではなくまっすぐな愛情が透けて見えた。マンチェスター発の4人組による2作目は、2000年代のリンダ・ペリー仕事にも通じる整理されたバンド・サウンドが魅力。この切ないキラキラ感こそがY2Kポップの肝では?
ブリンク182のドラマーであり、プロデューサーとしても大活躍中のトラヴィスはポップ・パンク視点からのアヴリル再評価を確立させた最大の立役者だろう。本作は、ソロ名義では現状唯一のアルバム。多数のラッパーを含む豪華な面々が参加したミクスチャー要素の強いラップ盤で、なんともロウな音にストリート感が宿っている。
〈服装も音楽もやりたかったことを先にやられた〉と登場時のアヴリルを振り返るカエラだが、実は二人は同い年。2011年には揃って〈サマソニ〉に出演した。本作は、岡村靖幸やチャットモンチーらと洋楽ヒットを取り上げたカヴァー集。CSSとポップ・エトセトラの海外勢も参加していて、アヴリルにも声が掛かったのかな?と思わなくもない。
ミリオンセラーを記録した表題曲はもともと『Let Go』用に書かれており、そのため共作者にアヴリルの名前が並んでいることは有名な話だが、2022年、『Let Go』の20周年記念盤に合わせて、ついにアヴリルが同曲を録音。グランジーで陰りのある音作りに、ケリー版のホーリーなポップネスを再認識したり。
往時の4ADや中期クリエイションに通じるサウンドを鳴らしてきた東京発のインディー・ロック・バンドが、オルタナやインダストリアル~ポップ・パンクを昇華したセカンド・アルバム。Erika Murphyのアヴリルっぽいヴォーカルが、突き抜けたキャッチーさを楽曲に運んでいる“One Last Girl”や“Honey”からどうぞ。
84年生まれで、90年代に多感な時期を過ごしたアヴリルは、やはりその時期にラジオなどでよく流れていたバンドに思い入れが深いようで、グー・グー・ドールズやクランベリーズなどと共にオアシスの本作収録曲“Wonderwall”を、〈昔からのお気に入りの1曲〉に挙げていた。彼女が〈ギターで弾けるようになった初めての曲〉だそう。
このスネイル・メイルを含めフィービー・ブリジャーズやサッカー・マミーといったインディー畑からのラヴコールも近年のアヴリル再評価を後押ししたことは間違いない。この2作目はバンド・サウンドが整理され、ややメインストリーム寄りのプロダクションに。みずからの恋愛経験を率直に歌うところもアヴリルに触発されているのかも。
MY HAPPY ENDING...
外仕事やリサイクルに見る、アヴリルの絶好調な現在地
キャリアを通じて、アヴリルは他アーティストへの客演参加などがそれほど盛んではなく、2020年以前ではニック・カーターの“Get Over Me(2016年)”、妹のミシェルがメンバーのRyotaと結婚しているONE OK ROCKの“Listen”(2017年)など数えられる程度だった。ところが2021年からは、ウィローの“G R O W”(2021年)、恋仲だったモッド・サンの“Flames”(2021年)や“Shelter”(2023年)、さらに意外なところではEDM系プロデューサーのイレニアムによる“Eyes Wide Shut”(2023年)など、主にトラヴィス・バーカー絡みの人脈で、フィーチャーされることが増えている。それには、この数年のリヴァイヴァル・ムードの元で、アヴリルがポップ・カルチャーのイケているアイコンとして受け止められていることも関係しているはずだ。
楽曲のリサイクルでは、サイバーな作風のトラックメイカー、アシュニコが“Sk8er Boi”をほぼ丸ごと引用した“L8ter Boi”(2021年)も記憶に新しいし、スティーヴ・アオキやジェイペグマフィアもアヴリルをネタ使いした楽曲を発表済み。サンプリングと言えば、“I’m With You”を使ったリアーナの“Cheers (Drink To That)”(2010年)が有名だが、リアーナは実際にデュエットしたかったそう。いまからでも両者のコラボが実現することを願う。いずれにせよ近年のアヴリルはフットワークの軽い活動をできている印象なので、今後はよりさまざまな音と化学反応を起こす彼女の声が聴けたらいいな。 *田中亮太
左から、ONE OK ROCKの2016年作『Ambitions』(A-Sketch)、ウィローの2021年作『Lately I Feel Everything』(Roc Nation)、 イレニアムの2023年作『Illenium』(Warner)、アシュニコの2021年作『DEMIDEVIL』(Parlophone)、リアーナの2010年作『Loud』(SRP/Def Jam)


















