“北斎ブルー”“The Great Wave”  無頼派天才画師・世界の北斎に学ぶこと

 「北斎」の画号は、「北極星」に由来するそうな。「たったひとつ決して動かない星」という意味の画号「北斎為一」。もっとも画号は山ほどあったらしいが、晩年は「画狂老人卍」と記しにけり。人生で93回の転居。あまたの流派を渡り歩き、西洋画も学び、浮世絵も肉筆画も。絵手本『北斎漫画』はベストセラーの教習本。ダ・ヴィンチにも負けちゃいねぇ。

 北斎生誕260年を迎えた2020年は、日本のパスポート査証欄に「冨嶽三十六景」の<二十四景>と<十六景>が刷られた。(10年用、5年用)。2024年には新千円札に「神奈川沖浪裏」が登場だ。今季の国際文通週間切手の意匠にもシビレる。北斎の揺るぎない存在感ここにあり。

橋本一 『HOKUSAI』 ハピネット・メディアマーケティング(2021)

 そんな流れの中、2021年公開映画『HOKUSAI』は、北斎アートのデラックス版DVD・ブルーレイでお目見えだ。主役の北斎は複数キャスト。冒頭の少年期は城桧吏、青年期が柳楽優弥。老年期はダンサーの田中泯が、時に即興の舞いも交えながら個性的に演じる。

 北斎が生きた90年間(1760~1849)を紐解くと、鎖国、天災、疫病、大火、厳しい改革、不自由な規制。江戸の化政文化は発酵。憂き世を晴らす如く「浮世絵」は大流行。芸能、芸術、娯楽、文学、瓦版、広告。町人文化の手軽な印刷物媒体として浮世絵版画は、売れに売れ、発禁弾圧差し押さえ七転び八起き。

 「絵は世の中を変えられる」。稀代の版元、蔦屋重三郎の台詞だ。映画では、阿部寛が演じる。歌麿、写楽、名だたる浮世絵師をサポートした目利きに対して、若き日の北斎は抗う。「オレは人の指図で仕事するのがどうも性に合わねぇ」

 北斎は、筆を携え、野に出で、流離う。海に浸かり、波に揉まれ、砂浜に描く。そして富士山との邂逅。彼の描写力は、俯瞰から標榜しているようでもある。風や波を捉える観察力にも驚く。超人的な動体視力と驚異のデッサン力。並外れた想像力とのバランス。

 無頼派の絵師は、実は、サイエンティストで、サイキッカーなのか。決して、飾らない、盛らない、引き算の人。ボロを纏い、節制す。作品は、鮮やかな色合いから、藍の世界へ。北斎ブルー(ベロ藍)は、時を超えて世界のファンに愛され続けている。

 クロード・ドビュッシーも北斎の版画を所有していたらしい。 楽譜“LA MER”初版表紙を飾ったのは北斎の“The Great Wave”。交響曲「海」を聴き余韻に浸る。

 謎多き北斎の世界。映画『HOKUSAI』とは対照的な映画『北斎漫画』(1981年)も愉快だ。杉浦日向子の『百日紅』の北斎(父)とお栄(娘)の日々は飄々秀逸。関連図書も多々。しばらく北斎の世界に揺蕩って学ぶのもまた良きかな。