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 旧作の多くのナンバーは俳優ではなく、歌手の〈吹き替え〉で録音したが、新作では歌、ダンスとも俳優自身がこなした。トニーのアンセル・エルゴート(1994ー)、マリアのレイチェル・ゼグラー(2001ー)のコンビはもちろん、リフのマイク・ファイスト(1992ー)、ベルナルドのデヴィッド・アルヴァレス(1994ー)、アニータのアリアナ・デボーズ(1991ー)ら全員が適材適所に収まり、フレッシュな声とダンスで魅了する。

 実はスピルバーグ、クシュナーとも音楽には深い縁がある。スピルバーグの母リア・アドラー(1920ー2017)は、コンサート・ピアニストからレストラン経営に転じた。クシュナーの父ウィリアム・クシュナー(1924ー2012)はクラリネット奏者・指揮者でヒューストン交響楽団やメトロポリタン歌劇場管弦楽団などに在籍した後、約40年にわたってルイジアナ州のレイク・チャールズ交響楽団を率いた。母シルヴィア(旧姓ドイッチャー)もファゴット奏者だった。ちなみに原作者のバーンスタインとソンドハイム、スピルバーグとクシュナーの全員のルーツがユダヤ系ヨーロッパ人。スピルバーグ以外の全員がゲイ・セクシュアリティーを共有する。「ウエスト・サイド・ストーリー」はミュージカル起源の作品だが、根底にはヨーロッパやユダヤの音楽、さらに文化全体の深い〈地下水脈〉が滔滔(とうとう)と受け継がれている。

 スピルバーグ&クシュナーの音楽重視は、サウンドトラックにも強く現れた。マンハッタンを舞台にした映画に〈これ以上ふさわしいオーケストラはない〉と目されるニューヨーク・フィルハーモニックを起用、プエルトリコと同じくスペイン語を母国語とする中南米の国ベネズエラ出身のスター、グスダーボ・ドゥダメル(1981ー)に指揮を委ねた。一部の管弦楽にはドゥダメルが音楽監督を務めるロサンゼルス・フィルハーモニックも加わった。さらに音楽顧問として映画音楽の巨匠、ジョン・ウィリアムズ(1932ー)の名前までクレジットされている。ニューヨーク・フィルが前面に出たサウンドトラックはズービン・メータの指揮でゲイリー・グラフマンがピアノを弾き、ガーシュウィンを中心にまとめた映画「マンハッタン」(ウディ・アレン監督、1979年)以来だろう。

 オリジナルのミュージカル盤に比べ、1961年の映画サウンドトラックははるかに大きな編成で録音されているが、フルサイズのシンフォニー・オーケストラには及ばない。ドゥダメルはバーンスタインのスコアの隅々までゴージャスに鳴らすだけでなく、深い陰影も描く。ヒスパニック系人口の急増でスペイン語の掲示や記載を大幅に増やしてきたロス・フィルのシェフ、あるいはベネズエラ出身の音楽家として「ウエスト・サイド・ストーリー」にこめられた永遠のメッセージを真摯に受け止め、素晴らしい仕事をした。

 


寄稿者プロフィール
池田卓夫(Takuo Ikeda)

東京都出身の戌年天秤座。1981-2018年は新聞記者。1988-92年のフランクフルト支局長時代〈ベルリンの壁〉崩壊やドイツ統一を現地から報道した。音楽についての執筆は高校生で始め1986年以降、「音楽の友」「intoxicate」など専門誌に寄稿。現在は〈いけたく本舗〉の登録商標でフリーランス。解説MC、通訳、コンクール審査、地方自治体の文化政策アドバイザーなども行う。公式HP→https://www.iketakuhonpo.com/

 


CINEMA INFORMATION

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映画「ウエスト・サイド・ストーリー」
監督・製作:スティーブン・スピルバーグ
脚本:トニー・クシュナー  振付:ジャスティン・ベック
指揮:グスターボ・ドゥダメル  作詞:スティーブン・ソンドハイム 作曲:レナード・バーンスタイン
出演:アンセル・エルゴート/レイチェル・ゼグラー/マイク・ファイスト/アリアナ・デボーズ/リタ・モレノ/他
配給:ウォルト・ディズニー・ジャパン(2021年|アメリカ|157分)
2022年2月11日全国公開
https://www.20thcenturystudios.jp/movies/westsidestory