
エモーションは内側でジワっと燃やすことでも表現できる
――なるほど。ではそのシングルから具体的にアルバムの制作に着手したのはいつごろでしたか?
鈴木「去年の8月くらい?」
井上「いや、もっと前だったと思う」
内山「スケジュールでは2021年7月28日からスタジオに入ってます」
――すごく正確な記録ですね(笑)。
鈴木「その前から“wake up call|待つ夜、巡る朝”、“魔法は魔女に|magic belongs to witches”、“little dancer|リトルダンサー”の3曲はすでにあって、作業を進めていたんですけど、それらはシングルと近しいカラーのアレンジでした。でもそのモードが自分のなかで終わってしまって。いったんゼロからまた作業を始めたのが、7月の末からです」
礒本雄太(ドラムス)「“wake up call|待つ夜、巡る朝”のアレンジが変わったときは本当にひっくり返った(笑)。たまたま自分が参加できない日に、突貫工事をやっていたようで、あらためて聴いたら知らない曲になっていたんですよ。練習していたフィルインがないし、曲の雰囲気も真逆。いままでやってこなかったことを、求められている印象を受けました」
井上「オルタナティブなギターロックのアレンジだったけど、シングルを出し終わったときには、もう迅くんが聴いている音楽と乖離がすごく広がっちゃっていて」
――どういうものに変わったんですか?
鈴木「“wake up call|待つ夜、巡る朝”も当初はエモーショナルなアレンジにしたいと思っていたはずが、自分の生活の温度感と合わなくなってきて、嘘っぽく思えてしまったんです。それとエモーションってバンドでドカーンと鳴らすだけではなくって、内側でジワっと燃やすことでも表現できるよなってことが、いくつかの作品を聴いていて思ったんですよね。だからその方向をバンドでやってみたくなりました」
――具体的に何を聴いてそう思ったのか教えていただけます?
鈴木「えーと……クレイロの『Sling』(2021年)ですね。爆発はしてないんだけど、内側にめっちゃエモーションを感じさせるアルバムなんです。アンサンブルも緻密ですごい作品だった」
井上「静かな炎を感じるよね」
鈴木「とにかく衝撃的でした。だから前作はヴァンパイア・ウィークエンドの『Father Of The Bride』(2019年)とかをイメージしていましたけど、今回はこの温度感を参考にしてアレンジを練っていきました」

歌の登場人物がどう生と死を見つめているかを描いたポップソング
――前作は〈架空の街〉というコンセプトを設けていましたよね。今回はそれに当たるようなものは決めましたか?
鈴木「まず“fever”を発表したときに、僕たちはポップバンドと見られることが多くて。そこに対して否定したいということはないんですけど、ただただ楽しいポップソングと、実はそうじゃない部分が見えているポップソングには明確に違いがあると思っているんです。“fever”はちゃんと後者を形にすることができた」
――その違いとはなんだと考えていますか?
鈴木「いくつもあると思いますが、例えば“fever”を作ったときは、登場人物たちの視点を通じて、彼らが生きているからこそ見えている景色がちゃんと描けているかが、いいポップソングの歌詞であるラインだと思っていました。これは自粛期間で何もしていない時間が増えたことで、死生観について意識する機会が多くなったのも大きくて。だから今回のアルバムにあたってはキャラクターがどう生と死と関わっているかを、1曲ごとに描くことが一貫したテーマになりました」
――確かに今回は主観的な視点で、何かを見つめていたり、誰かを思っているような歌詞が多いですよね。もしかしたらその対象はすでにこの世のものではないかもしれないし、もしかしたら主人公側がすでに死んでいるかもしれない。でも明言はされてない不思議なトーンが通底している。
鈴木「そこは狙いたかったところです」
――このコンセプトは全員で共有して制作を進めたんですか?
鈴木「コンセプトは主に歌詞に当たる部分なので、詞を書く自分とかっちゃん(井上)の間では共有しました。自分が視点やイメージの大枠を設けて、かっちゃんによりパーソナルなものに落とし込んでもらうという作り方です。演奏はどちらかというと歌詞のキャラクターの生活音を担うので、バンド全体では共有しすぎないほうがいい気がしています」
――コンセプトに対して、シングル3曲は最後に配置されていて、“fever”と“東京の夜”はCDのみに入っていますよね。これらはアルバムのなかで、どのような位置づけとなりましたか?
鈴木「シングル3曲は別れや諦めみたいなワンシーンを切り取ったものなので、アルバムとはトーンが違うと思っていたんですが、配信だけだったので歌詞カードを読みながら聴きたいという感想をたくさん見かけて、入れることにしました」
川島「前作はシングルで出した“sad number”と“ランドリー”をかたくなに入れなかったから、少しは柔らかくなりましたね」
井上「本当はCDを2枚に分けて、こっちはシングルしか入れないようにしたいって言ってた(笑)」
鈴木「でも“happyend|幸せな結末”はアルバムの物語が連なったうえで、そのラストシーンとして聴くこともできるなと思って。だから“happyend|幸せな結末”までが本編という捉え方です。シングルで聴いたときとは少し表情が違って、シリアスに聴こえるんじゃないかな」