横山幸雄、30余年の熟成を経てショパンのピアノ協奏曲を大友直人と再録音

 19歳の横山幸雄が1990年の第12回ショパン国際ピアノコンクールで第3位を得てから、30年余りが過ぎた。2022年1月12日、東京のサントリーホールでは〈デビュー30周年記念〉の総仕上げに、協奏曲のコンサートを行った。1991年4月に同ホールにデビューした時と同じくショパンの2つの“ピアノ協奏曲”“アンダンテ・スピアナートと華麗なる大ポロネーズ”のプログラム、第1番の協奏曲と“アンダンテ…”と大阪フィルハーモニー交響楽団とセッション録音したデビュー盤と同じ指揮者の大友直人、盟友の矢部達哉(ソロ・コンサートマスター)率いる東京都交響楽団(都響)との共演だ。円熟の証をソニーミュージックが2枚組ライヴ盤に仕上げ、発売する。

横山幸雄, 大友直人, 東京都交響楽団 『ショパン:ピアノ協奏曲第1番&第2番 他』 ソニー(2022)

 

――オーケストラとの協奏曲だけでなく、ソロ曲の全曲演奏会、室内楽に至るまでショパンと一貫して向き合い、録音を重ねてきました。30年で見方は変わりましたか?

「ショパンはインティメート(内面的)な作曲家です。オーケストラを従え、着飾って大向こうを唸らせる目的の作品は若い頃の“ピアノ協奏曲第1番”“アンダンテ…”で打ち止め。同時期の“協奏曲第2番”にはもう、内面的な心情がどんどん溢れています。過去30年、ショパンに対する見方が変わったとは思いません。私がショパンを弾く目的が〈どこまでショパンに同化できるか〉だからです。ここまで弾き続けてくるともはや〈ショパンをどう思うか〉ではなく、自分の作品を弾いている感覚に近づき、過去の他人の楽曲を演奏している気がしません。ショパンが国を出たのと同じ年齢、19歳で私もワルシャワのコンクールを受験したので、最初から思い入れがあります。ベートーヴェンも長く弾いてきましたが、耳の病との闘いなど私が共有できない要素もあり、ショパンの一体感とはまた別の関係です」

「音楽も最終的には味覚と同じく、感性の問題です。ショパンの音楽はロマンティックであっても一線を超えない品格、高貴な美に包まれており、少しでも突っ込むとラフマニノフ、やり過ぎると演歌になってしまう危険があります。ショパンを弾く際は、ある種の聴き手に〈物足りない〉と思わせるくらいが演奏としては、成功なのです。私は“協奏曲第2番”弾きたさにコンクールへ参加したこともあり、当時は〈あそこも、ここも……〉と細かな要素に気を取られていましたが、今はもっと全体を見るようになりました」

――早くに管弦楽から手を引いたこともあり、ショパンの協奏曲のオーケストラ・パートを〈弱い〉と指摘、手を入れる作曲家や指揮者もいます。

「交響曲に限りなく近いブラームスの“ピアノ協奏曲”2曲と、ショパンでは管弦楽の持つ役割が全然違います。ショパンは彼自身の感性を映した繊細極まりないピアノに主役の光が当たり、管弦楽はバックグラウンドという位置付けですから、ショパンのピアノ音楽を伝える上では完璧なオーケストレーションといえます」

――指揮者やオーケストラのアイデンティティーの違いにより、管弦楽が異なる響きに聴こえることはありますか?

「楽器の状態、ホールの音響をはじめ、私はつねに与えられた条件の中でのベストを目指します。指揮者が適確にオーケストラを導き、長い前奏から真剣に弾いてくださるのであれば、何も問題はありません。あえて記憶に残っている管弦楽を挙げれば、ひとりはユーリ・テミルカーノフさん。ショパンの協奏曲を指揮した経験があまりなく、準備に手間取りはしたものの、いざサンクトペテルブルク・フィルハーモニーを振り出すと、今までに聴いたことがないようなスラヴ系の響きが広がりました。もうひとりは理知的で明晰なファビオ・ルイージさん。オーケストラが輝きました」

――大友直人さんと都響はいかがでしたか?

「最初の録音時点では、大友さんも30代初めでした。何度も共演を重ねながら大友さんもベテランとなり私のことをより深く理解、寄り添うように丁寧な指揮をしてくださいました。都響の皆さんとも、室内楽的な密度のコミュニケーションを実現できたと思います」

 


PROFILE: 横山幸雄(Yukio Yokoyama)
1971年生まれ。第12回ショパン国際ピアノコンクールにて歴代の日本人として最年少で入賞後、常に第一線で活躍を続け、各地の一流オーケストラやアーティストとの共演で絶大な信頼と評価を得る。近年では3日間にわたるショパン全240曲演奏会(東京オペラシティ)などの壮大な企画で注目を浴びる一方、ライヴ配信リサイタル〈マイハートピアノライヴ〉など意欲的に活動の幅を広げている。名古屋芸術大学、京都市立芸術大学、広島大学、各客員教授として後進の指導にあたり、故中村紘子女史の後を受けての日本パデレフスキー協会会⻑としても活躍している。

 


LIVE INFORMATION
ショパン-孤高の天才の人生と作品を追う-
〈ALL CHOPIN PROGRAM〉2022(Vol.13)
横山幸雄 入魂のショパン

2022年5月3日(火・祝)東京・初台 東京オペラシティ コンサートホール
開場/開演 :9:30/10:30【全5部】[終演予定 16:30]

■曲目
ピアノ協奏曲第1番 ホ短調 Op. 11
アンダンテ・スピアナートと華麗なる大ポロネーズ 変ホ長調 Op. 22
ノクターン 嬰ハ短調(遺作)幻想即興曲 嬰ハ短調 Op. 66
バラード第1番 ト短調 Op. 23 スケルツォ第2番 変ロ短調 Op. 31 他

https://www.japanarts.co.jp/concert/p947/