ファーストフルアルバム『春と修羅』(2018年)、そして『LOVETHEISM』(2020年)に続くセカンドフルアルバム『春火燎原』を春ねむりが完成させた。近年は北米でのツアーやアジア/ヨーロッパでのライブなどでファンダムを築き上げており、プッシー・ライオット(Pussy Riot)との共演でかねてからのライオットガールたるアティテュードを歌い上げ、さらに高い批評的な評価も獲得している(本作はPitchforkによって絶賛され、8.0のスコアがつけられた)春ねむり。『春火燎原』は、そんな勢いが真空パックされながらも、〈新しいアルバムが、わたしの人生は生きるに値するものだと教えてくれた〉とみずから語るとおり、人生を賭した21曲収録の大作になっている。今回は、本作のリリースに際してコメントを寄せてもいる李氏(音楽ZINE「痙攣」編集長)が、春ねむりという表現者と『春火燎原』について綴った。 *Mikiki編集部
春ねむりのセカンドアルバム『春火燎原』にはどこかフィクショナルな匂いがついてまわる。もちろん性差別や環境問題、あるいは香港の民主化運動といったアクチュアルなテーマにも果敢に切り込み、自身の複雑な内面をさらけ出しながらそれでもなお生に向かおうとするその闘争的アティテュードは聴き手の胸を打ち、かつ作品のリアリティーを下支えするものだろう。しかしながら実質的オープニング曲である“Déconstruction”において明白に映画「ファイト・クラブ」のキャラクターやモチーフが参照されているように、あるいは“シスター with Sisters”において国内サブカルチャーの系譜で流通する戦闘少女的モチーフがシスターフッド的に再解釈されているように、彼女の闘いは何かしらのフィクショナルな回路を経由しているように感じられる。
あるいは同様の感覚はリリックに限らず、サウンドの面でも確認できる。例えば808ベースの突出した低音の厚みが、高めのキーで一定の揺らぎをもつボーカルと鮮烈なコントラストをなす“シスター with Sisters”のように、轟音に近い強烈な存在感をもつバックトラックとアイドル歌唱やアニメソングの系譜にある歌声とがしばしば今作ではある種の違和を残しながらともに展開していく。“あなたを離さないで”“春火燎原”“Kick in the World”などで披露される見事なシャウトも、クリーンボーカルとの対比関係抜きでその魅力を説明できない。つまり今作における強烈なベースやシャウトといった硬派なサウンド志向は、常に春ねむり自身のボーカルの持つフィクショナルな文脈によって異化されていく関係にある。薄い膜で隔てられてギリギリのところで現実を捉えそこなう、そんなもどかしい感覚が通奏低音のようにこの作品を貫いている。
しかしながら、リアリティーが虚構を経由することが、そのような形でしか現実に関与できない現代の生のありようを浮き彫りにしているとすればどうか。このリアリティーに対する懐疑の感覚は香港の民主化運動をテーマにした“そうぞうする”のリリックにおいて最も分かりやすい。〈1312 打ち込んだ/iPhoneの液晶を叩き割る/ぼくらにいったいなにがわかる?/許された子どもたちが腕を切る〉。ここには事態の趨勢を液晶画面越しにしか眺めることのできない、非当事者の当事者性ともいうべき鋭い感覚がある。さらに香港の民主化運動といったアクチュアルな政治問題と、鬱や自死といったメンタルヘルスの問題が並行して語られるのも『春火燎原』のリリックの大きな特徴だが、ここには現代の高度に発達したメディア環境による距離感覚の喪失が実直に反映されているとも言えるだろう。
メディア越しに構築される括弧つきの〈現実〉と日々の生活のリアリティーの接合と乖離を、春ねむりは自身の楽曲の中で〈祈りだけがある狭い部屋〉と表現した。生きることも、祈ることも、呪うことも、愛することも、憎むことも、美しさを求めることも、悪を拒むことも、そして最後に死んでいくこともそこから始まる、そんな狭くて広い場所で『春火燎原』という作品は花開いたに違いない。
RELEASE INFORMATION
リリース日:2022年4月22日
配信リンク:https://smarturl.it/shunkaryougen
TRACKLIST
1. sanctum sanctorum
2. Déconstruction
3. あなたを離さないで
4. ゆめをみている(déconstructed)
5. zzz #sn1572
6. 春火燎原
7. セブンス・ヘブン
8. パンドーラー
9. iconostasis
10. シスター with Sisters
11. そうぞうする
12. Bang
13. Heart of Gold
14. 春雷
15. zzz #arabesque
16. Old Fashioned
17. 森が燃えているのは
18. Kick in the World (déconstructed)
19. 祈りだけがある
20. 生きる
21. omega et alpha
PROFILE: 春ねむり
横浜出身のシンガーソングライター/ポエトリーラッパー/プロデューサー。自身で全楽曲の作詞・作曲・編曲を担当する。2019年、アジアツアー(全5公演)および来場者数20万人級の巨大フェス〈Primavera Sound〉への出演を含むヨーロッパツアー(全15公演)を開催。2022年3月、2年間、4度にわたる延期の末、ようやく実現した北米ツアーは、全ての公演がソールドアウト。そのまま参戦した世界最大規模のフェス〈SXSW2022〉では、ロシアのフェミニストパンクロック集団プッシー・ライオット(Pussy Riot)のステージに招かれ、彼女らのオープニング曲である“Police State”でゲストボーカルとして参加。2022年4月22日、セカンドアルバム『春火燎原』をリリース。これが新世代のジェイポップ、こころはロックンロール。