予備知識なしにこのページの写真を見れば、70年代のバンドが避暑地で行った合宿レコーディングの際のスナップか……なんて思ってしまう人もいるだろう。かつてのフラワー・トラベリン・バンドやタージ・マハル旅行団などを想起させるニュー・ロック風味の佇まい。あるいは一時のゆらゆら帝国やAcid Mothers Templeまでを連想させる謎めいた怪しさ。あるいはダモ鈴木が増殖したかのような長髪の男たちが居並ぶかっこよさにはシンプルなインパクトがある。そんな懐かしくもある新鮮さは、彼らが鳴らすサウンドにも直結している。独自のサイケデリックな音世界によってアンダーグラウンドな支持を獲得してきた知る人ぞ知る5人組、幾何学模様とは彼らのことだ。

 そのネーミングからしてサイケな彼らは、日本での知名度に反比例して海外のフェスにたびたび出演し、クルアンビンやコナン・モカシンらとのツアーも経験するなど、インディペンデントな活動の軸足を国外に置いて躍進してきたバンドである。もともと全曲ワンテイク録音の初アルバム『Kikagaku Moyo』(2013年)をBandcampに公開したところオーストラリアからラヴコールがあって初の海外ツアーを行うことになったというから、その活動の射程は初めから海の向こうだったということだ。

幾何学模様 『クモヨ島(Kumoyo Island)』 Guruguru Brain/BEAT(2022)

 当初は女性ヴォーカルもフィーチャーしていたものの、やがて現在の5人体制となり、Go KurosawaとTomo Katsuradaはアムステルダムへ拠点を移して自主レーベルのGuruguru Brainを設立。コンスタントにレコーディングも行いながら世界各地で精力的にライヴ活動を展開し、ここ数年は逆輸入的に日本でもコアな層の注目を集めるようになっていた。このたびのニュー・アルバム『クモヨ島(Kumoyo Island)』は、ライリー・ウォーカーとのライヴ盤『Deep Fried Grandeur』(2021年)を間に挿みつつ、前作『Masana Temples』(2018年)からおよそ4年ぶりのオリジナル新作となる。

 前作はリスボンのブルーノ・ペルナーダスをプロデューサーに迎えていたが、今回はパンデミックによるツアー活動停止を経て全員が東京に滞在し、活動当初に使用していたという浅草橋のツバメスタジオでレコーディングは行われた。根源にあるサイケやガレージにプログレ、インド音楽、ジャズ、民謡などがゆらりと溶け込んだ音楽性のユニークさに環境の変化というスパイスも作用してか、個性的な楽曲たちは幻惑的で実に人懐っこい。伝統的なリヴァーヴの音壁や中毒性のあるループ、ローファイな意匠、アンビエント、ドラッギーな60年代モード、素朴な歌ものまでそのアレンジやスタイルは実に多彩だ。ブラジルのシンガー・ソングライター、エラスモ・カルロスの“Meu Mar”を日本語詞でカヴァーしているほか、オリジナルの“Yayoi Iyayoi”でも平易な日本語の響きが印象的で、それはいつもと違った制作環境の産物なのかもしれない。

 なお、日本でも大きな評判になりはじめたこのタイミングにもかかわらず、残念ながら彼らはすでに2022年内での活動終了を発表している。世界各地でライヴ・パフォーマンスを愛されてきた彼らにとって、コロナ禍による活動のシフトチェンジは大きな転換点となったはずで、もちろんそれだけが理由ではないにせよ、今作『クモヨ島(Kumoyo Island)』がひとまずのラスト・アルバムになるというわけだ。リリースに前後してはツアーで世界各地を回り、夏には〈フジロック〉出演のために帰国する彼ら。その姿に立ち会うことができる人もそうでない人も、ぜひこのクモヨ島へと迷い込んで、魅力的に表情を変えていく心地良い音模様に身を委ねてみてほしい。

 


幾何学模様
Go Kurosawa(ドラムス/ヴォーカル)、Tomo Katsurada(ギター/ヴォーカル)、Kotsu Guy(ベース)、Daoud Popal(ギター)、Ryu Kurosawa(シタール)から成る5人組バンド。2013年にBandcampで発表したファースト・アルバム『Kikagaku Moyo』をきっかけに初の海外ツアーを行い、2016年の3作目『House In The Tall Grass』、2018年の4作目『Masana Temples』と定期的にリリースを重ねながら海外を中心に活動する。2022年いっぱいでの活動休止を発表して話題を集めるなか、このたびニュー・アルバム『クモヨ島(Kumoyo Island)』(Guruguru Brain)をリリースしたばかり。