そんな堀越が1986年、ベルリン映画祭のメイン会場(ZOO PALAST)で、その後の人生を揺るがす運命的な映画作品と邂逅する。レオス・カラックス監督の『汚れた血』である。鑑賞後のカフェでは同行者共々、暫し黙り込んでいたが、どちらからともなく「すげえよな」と呟いた。その後の自らの行動を、連載ではこう回顧している。〈それでふと、ほかの配給会社に買われるんじゃないかと思って、セールス・カンパニーのブースに階段を三段上がりで駆け昇った自分の姿が、今でもたまに目に浮かぶなあ〉。5年後、問題多き大作『ポンヌフの恋人』の撮影が終わり、クレジットの扱いを問われた堀越は「いらない」と答えた。理由は「僕が天才だと信じている監督の映画に自分の名前が載ったら、映画が汚れると思った」から。が、のちに「その場合の僕の名前は僕だけのものではなくて、日本の出資者の皆さんの情熱の象徴でもあることに気付くべきだった」と悔いた。毀誉褒貶の多いレオス監督を「本当にいい人も少ないけど、いい映画を作れる人は滅多にいない。凄い映画を作れる人はもっといない」と庇うKenzo Horikoshiの名は、最新の超話題作『ANNETTE』のエンド・ロールに刻まれている。

 とにかく、この痛快なメモワールは、堀越 × 高崎問答の一つひとつが総て魅力的だ。「カラックスは息子みたいなものですけど、キアロスタミは?」と聞き手に問われ、「(五歳上だけど)貫禄あるしね。すこぶる出来のいい兄貴という感じかな」と応じる堀越。ダニエル・シュミット監督に関しては「ヨーロッパ的知性に溢れた、やんちゃ坊主だったな」と評している。「これは蓮實重彦さんに言われたんだけど、“世界の問題児って皆、堀越さんのところへ来ますね”って。リタイアしたって言ってるのに、今も連絡が来る(笑)。まあ、まともな監督とばかり付き合ってたら、こういう本にはならなかったわけですよ。シュミットの狂気なんていうのは思い出せば笑えますけれどもね、もう、毎日が“松の廊下”ですから。ホテルへ行ってトーストが不味いともう手が震えて、厨房へ行ってはシェフに文句をいうわけです。もう、演劇やオペラの世界みたいなもん(笑)」。

 そんな堀越が「ジャンルで名付けないと成立しない」ので「明確で判りやすく強引にネーミングした」のが一連の“浪曲映画”だ。「映画協会や僕の周りの批評家連中でさえ誰も知らなかった」という作品群の映画祭も4回目を数える盛況ぶり。一方、イラン映画(=キアロスタミ監督作品)なんて誰も見向きもしない時期に唯一、「観なくてもいい。まあ、謙ちゃんが良いと思うならば買えよ」と肩を押してくれたのが、『この世界の片隅に』の真木太郎プロデューサー(ジェンコ)なんだとか。御両人がタッグを組んだ『新潟国際アニメーション映画祭』、その第1回も来年3月の開催(初代審査委員長は押井守が就任)が発表されたばかりだ。「僕の場合、きっかけは大抵、頼まれごとという人生ですから(笑)」、観る人々の胸郭を揺さぶり続けるラディカルさは未だ不変である。

 


堀越謙三(Kenzo Horikoshi)
1945年 東京生まれ。1967年 早稲田大学第一文学部独逸文学専修を卒業して渡独。1970年マインツ市で会員制旅行代理店「欧日協会」を友人と創業。1971年帰国。1977年「ドイツ新作映画祭」開催、自主上映活動開始。1982年 渋谷桜丘に「ユーロスペース」を開館。以来、独自の買い付けによる興行、配給を行い、ミニシアターブームを牽引した。1991年から日本映画の製作や海外との共同制作を手がける。1997年 財団法人アテネフランセと共同で特定非営利活動法人「映画美学校」を設立。東京藝術大学からの依頼により、大学院映像研究科の立上げを主導。2005~2013年まで、同大学院教授(現・名誉教授)を務める。2021年4月より、開志専門職大学アニメ・マンガ学部長補佐として、再び教授職に就いた。2008年フランス文化功労勲章シュヴァリエ受勲。

 


寄稿者プロフィール
末次安里(Anri Suetsugu)

1954年、東京生まれ。中央大学文学部国文学専攻を卒業後(卒論:寺山修司論)、フリーの著述家兼編集者に。微笑、新鮮、週刊大衆、FLASH、週刊宝石、女性自身……等の一般誌でアンカーマンを歴任。加山雄三の評伝、小林旭の聞き書き本、ねじめ正一との共著ほか、音楽誌「OutThere」を創刊、フリーペーパー誌『JazzToday』の編集長も務めた。

 


CINEMA INFORMATION
第4回 浪曲映画祭──情念の美学 風景に節が流れると、情景になる。
2022年6月24日(金)生誕111年・森一生映画旅
映画「槍おどり五十三次」/浪曲「権三と助十」 他
​2022年6月25日(土)天保六花撰を味わう
映画「天保泥絵草紙」/浪曲「河内山玄関先」 他
​2022年6月26日(日)忠臣蔵番外篇
映画「義士始末記」/浪曲「徂徠豆腐」 他
​2022年6月27日(月)父もの映画
映画「狐の呉れた赤ん坊」/浪曲「忠治関宿落ち」 他
会場:東京・渋谷 ユーロライブ
http://www.eurospace.co.jp/

 


ANIMATION INFORMATION
第1回新潟国際アニメーション映画祭

審査委員長:押井守
会期:2023年3月17日(金)~22日(水)
https://niigata-iaff.net/

 


堀越謙三の連載
『インディペンデントの栄光・ユーロスペース』
筑摩書房から近日発売予定!