〈恐るべき子供〉史上最も〈自由〉な映画――
新作はロック・バンド〈スパークス〉とのコラボレーションによるロックオペラ・ミュージカル!
『パラサイト 半地下の家族』で今や世界的巨匠となったポン・ジュノがちょっと気持ち悪いくらい(失礼!)に一介の映画好き丸出しになっている映像を見て笑った記憶がある。2008年の3話オムニバス映画『TOKYO!』の一編の監督を務めた時のインタヴューがそれなのだが、憧れのレオス・カラックスが参加したオムニバス映画に自身も監督として参加できたことがいかに光栄なことかを(自作以上に)熱く語っていたのである。映画人にとっても我々映画好きと同じく、レオス・カラックスは伝説の〈アイドル〉なのだ。
レオス・カラックス。18歳で「カイエ・デュ・シネマ」で批評家として活動。23歳で長編デビュー(『ボーイ・ミーツ・ガール』)。27歳で傑作『汚れた血』を撮り上げ世界の寵児となる。あまりに早熟なこの天才についた呼称は〈恐るべき子供〉。しかし、その完璧主義者ぶりや製作トラブル等でその後の作品は『ポンヌフの恋人』『ポーラX』、先述のオムニバス映画を挟んで『ホーリー・モーターズ』のみ。30年以上のキャリアで長編では僅か6作品と少ない。そんな寡作な状況であるから余計にカラックスが新作を撮るともなれば、絶対完成させてくれ!見るまで死ねない!となるのが〈推し〉の心境なのだ。
そんなカラックスが昨年長編7作目となる『アネット』を無事完成させたのだ。2021年カンヌ映画祭では監督賞を受賞。世界で大絶賛を浴び、遂にここ日本でも4月に劇場公開となる。これは、映画好きや映画人にとっての一大イヴェント。要は〈祭り〉である。以下はカラックスのインタヴューを軸にささやかながら本作をご紹介したい。
本作は、まず何より原案・音楽がロック・バンドのスパークスと言う点が目を引くだろう。派手なパフォーマンスで魅了するラッセルと、無表情/しかめ面でキーボードの前に座るチョビ髭のメイルのラッセル兄弟バンド=スパークス。カラックスは、スパークスとの出会い、本作の発端をこう語る。
カラックス:僕の前作『ホーリー・モーターズ』が公開された1、2年後だった。ドニ・ラヴァンが車の中で『インディスクリート』に入ってる《How Are You Getting Home?》を流すシーンがあって、僕がファンだと知った彼らからミュージカルの企画をもちかけてきた。ハリウッドに囚われて逃れられないイングマール・ベルイマンのファンタジー。でもそれは僕には向いていないと思った。なぜなら過去を舞台にしたものは作ったことがなかったし、イングマール・ベルイマンと呼ばれるキャラクターの出る映画を作りたくなかったから。数か月後たって、彼らは20曲ほどのデモと『アネット』のアイデアを送ってきたんだ。
かくして本作はロックオペラ・ミュージカルとなる。ただ、カラックスのミュージカルと聞いてもさして驚かなかった人が多いのではないか? なぜなら『汚れた血』のデヴィッド・ボウイの疾走シーンや、『ポンヌフの恋人』の花火のシーン、『ホーリー・モーターズ』のカイリー・ミノーグのシーンなど、過去作にミュージカルの要素が多分にあったからだ。
カラックス:ミュージカルは映画を、ほぼ文字通り別次元のものにする。時間、場所、そして音楽。それによって素晴らしい自由が生まれる。音楽にしたがって演出することもできれば、音楽に立ち向かうこともできる。人が歌ったり踊ったりしない映画にはできないような、あらゆる種類の矛盾した感情を混ぜ合わせることができる。グロテスクでありながら同時に深遠にもなれる。それに静寂。静寂が何か新しいものになる。会話や環境音との対比としての静寂ではなく、もっと深い何かに。
先に拙者が列挙した過去作のミュージカル的要素では感情がストレートにアクションとして表出されるシーンばかりだが、本作では〈あらゆる種類の矛盾した感情を混ぜ合わせた〉〈グロテスクでありがながら同時に深遠にもなれる映画〉と語るように、本作はカラックスの過去作や他のミュージカル映画とも似て非なる映画となっている。少なくともカラックス史上最も〈自由〉な映画になっていることはお伝えしておきたい。
カラックス:歌うことと笑うことには、同じ不健全さと卑猥さがある。それにセックス。くすぐることもセクシュアルだ。歌で語る映画を作るなら、こういったタブーを多かれ少なかれ描かないといけない。ミュージカルでは様々な理由で描かれない、人がセックスしたり、あれやこれやしたりするのをね。
歌うことと笑うこと。本作は、マリオン・コティヤール扮するオペラ歌手とアダム・ドライバー扮するスタンダップ・コメディアンの『スター誕生』を思わせる結婚生活と、ふたりの娘アネットの物語だ。オペラ歌手とコメディアンの設定について、カラックスはこう語る。
カラックス:舞台上のオペラ歌手とコメディアンは、むき出しの脆い存在だ。死との駆け引き。オペラでは基本的にあらゆる理由で、女性が最も美しく胸に刺さる曲を歌いながら舞台上で死ぬ。一方で、例えばアンディ・カウフマンのような偉大なコメディアンは、舞台上で死と戯れる。コメディにはグロテスクが不可欠で、シリアスなオペラはそれを避けようとするものの、えてしてグロテスクだと揶揄される。それに、歌うことと笑うことは両方ともすごく有機的な行為だ。息をするのと同じ、複雑な器官を使う。僕は映画全体を呼吸のメタファーとして捉えることにした。もちろん生と死、そして笑うこと、歌うこと、子どもを産むこと、息を止めること…。それに、ミュージカルのリズムで息をすること。
〈ミュージカルのリズムで息をすること〉を体現する役者たちの素晴らしさ。特に、本作ではプロデューサーにも名も連ねるアダム・ドライバーの凄みが際立っている。『スター・ウォーズ』のカイロ・レンから、ジム・ジャームッシュ、スパイク・リー、リドリー・スコットといった癖のある巨匠から引っ張りだこな彼の中でも、最も〈冒険的〉な役柄・演技であることは間違いない。
最後に、ここでは詳細は伏すが、本作にはもう一つアッと驚く、否、開いた口が塞がらない大胆な仕掛けが用意されている。それについてカラックスはこう語る。
カラックス:エキサイティングなね。でも他に方法があるかな? たぶん初めて、未来の観客のことを真剣に考えないといけなかった。
カラックスが〈初めて未来の観客のことを真剣に考えた〉という仕掛けは是非劇場で確認していただければと思う。
60歳の〈恐るべき子供=カラックス〉が作り上げた〈恐るべき子供=アネット〉。過去のカラックス作品以上の独創性! ……熱狂と困惑と歓喜が同時に訪れる唯一無二の映画体験をお約束しよう。
Leos Carax レオス・カラックス
1960年、パリ近郊生まれ。17歳で未完の短編『La Fille Aimee』を撮り、長編『ボーイ・ミーツ・ガール』(84年)でカンヌ国際映画祭に衝撃的に登場し、『汚れた血』(86年)で“恐るべき子供”としてその名を世界に知らしめた。2度の中断を経て完成させた『ポンヌフの恋人』で、その才能への評価はさらに高まる。続く『ポーラX』(99年)、『ホーリー・モーターズ』(12年)、『アネット』(21年)と寡作ながら、一作ごとに新たな世界を生み出してきた唯一無二の映画作家。
FILM INFORMATION
映画『アネット』
監督:レオス・カラックス
原案・音楽:スパークス
歌詞:ロン・メイル/ラッセル・メイル&LC
出演:アダム・ドライバー/マリオン・コティヤール/サイモン・ヘルバーグ/他
配給:ユーロスペース(2020年 フランス・ドイツ・ベルギー・日本・メキシコ合作 140分 PG12)
©2020 CG Cinéma International / Théo Films / Tribus P Films International / ARTE France Cinéma / UGC Images / DETAiLFILM / Eurospace / Scope Pictures / Wrong men / Rtbf (Télévisions belge) / Piano
◎4/1(金)全国ロードショー
annette-film.com
We meet Leos Carax!
■特集上映We meet Leos Carax!
◎3/19(土)~3/31(木)
会場:ユーロスペース
上映作品:『ボーイ・ミーツ・ガール』(’84)、『汚れた血』(’86)、『ポーラX』(’99)、『ホーリー・モーターズ』(’12)
※会場では特集上映企画のTシャツやポストカードの販売も行います
■タワーレコード × アネット
Tシャツやポストカードなど限定プレゼントがあたるキャンペーンを開催予定!渋谷店、新宿店での店頭キャンペーンも予定!
■アニエスベー × アネット
オリジナルのコラボTシャツとトート・バッグを販売! 渋谷店のagnès b. caféでは、レオス・カラックス作品のヴィンテージポスターを展示。◎3/19(土)~4/1(金)
www.agnesb.co.jp