©️2022『ぜんぶ、ボクのせい』製作委員会

13歳の孤独な少年の彷徨を鮮烈に切り取った心揺さぶる逸品
大瀧詠一の“夢で逢えたら”が重要な役割を果たす、俊英の商業映画デビュー作

 主人公は画が上手な左利きの優太。齢は13歳。児童養護施設で生活している彼は、周りの人間関係に馴染めず、つねに疎外感に苛まれている。いつか母親が自分を迎えに来てくれる日を夢見ることを生きがいとする彼は、一向にかわり映えしない日常に耐えきれなくなり、あるとき衝動的に施設から脱走してしまう。辿り着いたのは、閑散とした海辺の町。そこでようやく夢にまで見た母との再会が果たされるが、待っていたのは期待を打ち砕く残酷な現実だった。

©️2022『ぜんぶ、ボクのせい』製作委員会

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 行き止まりにぶち当たり、元の場所へ引き返すこともできず、自分が居てもいい場所なんてこの世界のどこにもないのだと悟った主人公がもがきながら光射す場所を探し求める物語を「ぜんぶ、ボクのせい」はどこまでも繊細に描き出していく。メガホンをとったのは、初監督作「Noise ノイズ」が国内外で高い評価を得た松本優作。彼のオリジナル脚本を映像化したもので、これが商業映画デビュー作となる。とにかく印象的なのは、主人公を演じる白鳥晴都がたえず浮かべているがらんとしたまなざしだ。そんなうつろな表情が結果として彼が住むうすのろな世界を反映する鏡としての役割を担い、随所で目覚ましい働きを行っているところが特筆すべきポイントで、そのまなざしが示す感情や温度感がさまざまな経験を重ねつつ刻々と移ろいゆく様子を実に丹念に拾い上げていく松本監督の演出力もみごとと言っていい。行き止まりにぶち当たった優太が、思いがけず出会ってしまう〈おっちゃん〉のキャラクター造形もまた絶妙だ。オダギリジョー演じるこの自堕落な男にダシにされたりしながらも次第に心を開いていった優太は、動かなくなったポンコツの軽トラを根城にする彼との共同生活をはじめる。あるとき優太は、名古屋にいる母に会いにいこうと思っている、というおっちゃんのひそかな夢を知る。いつしかそれは優太にとっても叶えねばならない共通の目標になっていくのだが、エンジンはいつまでも壊れたまんま、ポンコツの車が一向に動きだすことはない。海辺の町で新天地を夢見ながら男ふたりがあてどなくさまよっている、というシチュエーションは神代辰巳の名作「アフリカの光」を思い起こさせもするが、ここではオダギリジョーが醸し出す独特の浮遊感がうまく作用することで状況の切迫感が薄れ、どこかほのぼのとした光景が展開されるのもおもしろい。

©️2022『ぜんぶ、ボクのせい』製作委員会

 そんな彼らが行き着くところは約束の地か、それともやはりどん詰まりか。とどのつまり、大人は判ってくれないのだな、という思いが去来するエンディング。ここでの白鳥晴都の演技は予想以上の素晴らしさで、きっと簡単には消えない鮮烈なイメージを残すはず。そして暗転すると、いかんともしがたい感情を断ち切るように耳なじみのあるドラム・フレーズが耳に飛び込んでくる。エンディング・テーマに用いられているジャパニーズ・ポップ・スタンダード“夢で逢えたら”のあまりに有名なイントロだ。物語を支えるもうひとりの重要人物、女子高生の詩織(川島鈴遥)がこの曲をアカペラで披露する場面は、本作においてもっとも幸福な時間を形成する名シーンだが、その瞬間を引き延ばすかのように大瀧詠一のハートウォームなヴォーカルがドリーミーに鳴り響くのである(5.1チャンネルで新たにミックスされていて、サウンドも強力このうえない)。2013年この世を去った大瀧が自分の死後に発表するようにと周りに託していたこの本人ヴァージョン。そうか、これは大瀧にとって、“虹の彼方に”のような存在だったんだな、と気づかせてくれたことは個人的に貴重な体験だった。曲の間奏に登場する大瀧のセリフはここでも判読するのは難しかったけれど(ミックスされた声があまりに小さすぎてきちんと聴こえないのだ)、何故かわからないけど、優太にまばゆい光りが射す方向を彼がそっと教えている、そんなふうにふと聴こえてしまい、妙にウルウルしてしまった。

 


FILM INFORMATION
映画「ぜんぶ、ボクのせい」

監督・脚本:松本優作
出演:白鳥晴都 川島鈴遥 松本まりか 若葉竜也 仲野太賀 片岡礼子 木竜麻生 駿河太郎/オダギリジョー
エンディング・テーマ:大瀧詠一 “夢で逢えたら”(NIAGARA RECORDS)
配給:ビターズ・エンド(2022|日本|121分|PG12)
©️2022『ぜんぶ、ボクのせい』製作委員会
https://bitters.co.jp/bokunosei/
2022年8月11日(木・祝)より、新宿武蔵野館ほか全国順次ロードショー