相変わらずビギナーとしてのスタンスが揺るがない、わがMikikiネット音楽部。前回はtofubeats氏に自身が辿ってきたネット音楽の世界について話を訊き、そこでは彼のキャリアを振り返るにあたって避けては通れないキーマンであるからこそ、バンバン名前の挙がっていた人物が――それがMaltine Recordsのオーナー、tomad氏だ。tofubeatsやDJ WILDPARTY、Avec Avecをはじめ、いまやネット音楽界隈を越えて注目を集めるアーティストの作品をリリースし、国内外で認知を広めてきた、日本を代表するネット・レーベルのMaltine。ネット音楽については詳しく知らなくても、Maltineの名前は知っている……なんて人は結構いるのでは? 今回は、そんなレーベルの采配を振るうtomad氏に、変化していくネット音楽シーンのなかで見据えるMaltineの今後や、個人的に気になっているシーンについて、またネット音楽の基礎知識について無邪気に訊いてきました!
――まず、音楽に興味を持つきっかけはどういったものだったんですか?
「最初は日本語ラップです。RIP SLYMEとかRHYMESTERがチャートの上位に出てきた頃で、約10年くらい前なんですけど、そこで〈ヒップホップって音楽があるんだ〉というのを知りました」
――それは高校生くらい?
「そうですね、高1の頃です。そこからいろいろ音楽を聴くようになりました。その頃、〈Winny〉っていうP2Pのファイル共有ソフトがあって、そこで音楽をダウンロードするようになったんです――イリーガルなんですけど(苦笑)。そこで知ってる日本語ラップを検索していくなか、電気グルーヴに行き着いて。最初、それをラップだと勘違いしてたんですけど、こういうのもあるんだと調べていくうちに、それがテクノというものだと知ったんです。そこからダンス・ミュージックも聴いてみようと、CDを買いはじめました。エイフェックス・ツインとか、ワープの作品を聴いたりして。ロックは通らず、ダンス・ミュージックばかり聴いてました」
――バンドとかには心を惹かれなかったんですね。
「むしろちょっと嫌悪感があって……、軽音部とかイヤだったんですよ」
――ハハハ(笑)。で、その高校生の頃に曲作りを始められたんですよね?
「はい、同級生と曲を作っていて。それを聴いてもらいたくて、Maltine Recordsを作ったんです」
――初めから〈レーベルやるぞ!〉みたいな意識で立ち上げたんですか?
「そこまでがんばるぞって感じではなく、ホント気軽に、ホームページを立ち上げて曲を公開してみようか……くらいの」
――Maltineを立ち上げた当初(2005年)、ネット・レーベルというのはすでに結構あったんですか?
「そうですね、海外には数百はあったと思います。そういうのを見て、自分たちも始めた感じですね。日本にも当時10くらいはあったかと。なかでもsabacan recordsというレーベルには影響を受けました」
――へぇ~、その頃にはもうネット音楽はある程度確立されていたんですね。
「僕がMaltineをやるようになった頃にはもう確立されていて、それを紹介する音楽ブログもあったので、チェックしてダウンロードしたりしていました。2000年代に入るとインターネットの回線が太くなってきて、mp3をダウンロードできるようになってからどんどん増えていったんじゃないですかね」
――そうか、やはりインターネットの環境が向上したからというのは重要ですよね。で、Maltineを立ち上げられて、自身の楽曲を公開するだけでなく、別のアーティストのリリースをするようになったのはどういう経緯で?
「いろいろ活動をやっていくうちに、ブログやmixiなどのSNSで繋がりが出来ていくなか、Maltineからリリースしたいという人が現れて……という感じで広がっていきました」
――そうやってさまざまなアーティストの作品をリリースしていくなかで、本腰を入れてMaltineをやっていこうと思うに至ったのは?
「2009年に1回目のイヴェント(〈おいッ! パーティーやんぞ!〉)をやりまして。tofubeatsとかDJ WILDPARTYも出演していました。それまでオンライン上でしか接触がなかった人とオフラインで会えたりしたのがおもしろかったのと、あと2010年にMaltine初のフィジカル作品(コンピ『MP3 KILLED THE CD STAR?』)を出させてもらって……それで続けてみるかと」
――なるほど~。そもそもイヴェントをやろうと思ったきっかけは何だったんですか?
「イヴェントをやるちょっと前からクラブに行きはじめたんですけど、そこで年上の知り合いが出来たりして、純粋に楽しそうだなと思ったからですね。自分たちのレーベルでもできるんじゃないかと」
――その後はコンスタントというか、当初は頻繁に開催されていましたよね。いまやだいぶ規模も大きくなっていますし(今年5月に行われた最新イヴェント〈東京〉は東京・恵比寿LIQUID ROOMで開催)。
「そうですね、やるたびに大変にもなってきてます(笑)」
――そうですよね(笑)。その頃にはレーベルの方針みたいなものは明確にあったんですか?
「ダンス・ミュージックはやっていきたいっていうのは最初からありました。ただ、コアなテクノとかハウスとかはすでにシーンがあったし、そこまでハマれなかったので、メロディアスでポップな一面もあるやつがやりたいなと思っていました」
――なるほど、メロディアスでポップであるというのはMaltineの色ですよね。近年は海外のアーティストのリリースも多くなっていて、〈Maltine的な音〉が広がっている感じがします。
「日本のアーティストだと、Maltineから作品をリリースして、話題になった人はその後メジャーとか他のレーベルに行ってフィジカル作を出して……という道筋が見えてきたので、それはそれで続けつつも、それだけじゃなくて国内外を見据えて活動していきたいというのがあります。なので、5月に開催した〈東京〉っていうイヴェントではイギリスとLAからアーティストを呼んだりしましたけど、Maltineの音が海外でも知られるようになって、海外のアーティストからデモも送られてくるようになったから、今後は国内外問わず良いアーティストの作品をリリースしていきたいなと。いまそういう動きをしているレーベルはまだあまり日本にないので、Maltineがやりたい」
――現在リリースされている海外アーティストにはボー・エンやメイシ・スマイル、イックバルなどがいますが、そういった方々はすべてtomadさんの元に送られてきたデモがきっかけなんですか?
「ほとんどそうなんですが、ボー・エンは〈FOGPAK〉という毎回違う言葉をテーマにして曲を作るっていう日本の公募コンピ・シリーズに収録されていたのを聴いて、これは凄いなと思って僕からTwitterでDMを送ったのがきっかけです。最初は英語で連絡したんですけど、日本語で返ってきて(笑)」
――ハハハ! イギリスの方ですよね(笑)?
「はい。日本語を勉強中みたいで、日本の音楽について僕が教えられたりとか(笑)。〈渋谷系っていうのがあって、これは聴いたほうがいいよ〉みたいな」
――へぇ~、本当に日本好きなんですね(笑)。そういえば、前回tofubeatsさんにインタヴューをさせていただいて、その時にtomadさんのお話がたくさん出てきたんですが、そこでtofuさんが、Maltineはいま〈インターネット的音楽〉を指向しているとおっしゃっていたんです。そのインターネット的な音楽というのは、具体的にどういうものなのでしょうか?
「ネット・レーベルは無料でmp3を配信するというのが前提としてあると思うんですけど、いまダンス・ミュージックのシーンでは(無料で配信することが)あたりまえになってきているから、フリーでmp3を出しているレーベルだから聴いてもらえるということではなくなっているんですよね。そのなかで、ヴィジュアル面や音のクォリティーで差別化していかなくちゃいけないという状況がありつつ、さらにレーベルを介さずSoundCloudなどでmp3をバンバン公開できたり、Bandcampで誰でも気軽にEPが出せて……という状況が2010年以降ある。ネット・レーベル自体をカテゴライズすることに限界がきているなと思うなかで、Maltineはどういう動きをしていこうかと考えていたんです。そんななか、SoundCloudやインターネット上の音楽を聴いていて、これはインターネットからしか出こない気がする……と思うものが結構出てきて」
――それはサウンド的に?
「そうですね。どの土地にも根付いてない(インターネットならではの)感じの音があることに気付いてきたんです。そういう音楽ってどうしても僕の心に引っ掛かるものがあるので、それをリリースしたいなと思っていて……具体的に言葉で説明するのは難しいんですけど。国境を越えて、広いインターネットの世界の一部分だけで盛り上がって奇形的な音楽が出来ていることがあったりとか。例えば、僕が最初に影響を受けたのがブレイクコアなんですけど、〈Winny〉などを介して膨大な過去の楽曲がダウンロードして聴けるようになって、それらをサンプリングして高速のドラムンベースとかに合わせて再構築した音楽が2005年~2006年くらいにムーヴメントとしてあったんです。それが元祖〈インターネット的な音楽〉だと思うんですよ」
――ほー、ブレイクコアが元祖なんですね!
「フォーラムっていう掲示板みたいなのがネット上にあって、そこにイギリスや日本、アメリカのアーティストが切磋琢磨しながら曲を作って上げていくっていう動きがあったんです。当時、mp3は全部無料で配信されていたんですけど、アナログもリリースされていて、そういうネット関連の作品だけを扱うレコード屋で売られている限定300枚をみんなが争って買う、みたいな文化があったんですよ。そういうのがおもしろいなと」
――へぇ~! そんなのがあったんですか!
「みんなラップトップでDJをやっていて、それに僕も影響されてPCでDJをやるようになったんです。2010年くらいには〈ブログ・ハウス〉っていう、それもポップスをエレクトロ・ハウス調にマッシュアップした音楽で、いろんなブログにどんどんコンピレーションが上がって、それが無料でやりとりされてシーンが盛り上がったりとか。ディプロ主宰のマッド・ディセントは、最初のほうはそういうところからファンをつけていたと思います」
――そうなんですか! ブログ・ハウスなんて初耳です!
「あんまりそう言う人いないと思うんですけど(笑)、EDMの初期段階みたいな。もっとゴッタ煮で、いろんなビーツがあったんですよ」
――気になります。
「最近のシーンだとヴェイパーウェイヴですかね。それはチルウェイヴなどから影響を受けていて、かつ日本の高度経済成長期のCMなどにも影響されてヴィジュアルとサウンドの世界観を作る、みたいな。ノスタルジック感に浸ってベッドルームに引きこもる、チープなリラクゼーション・ミュージック……っていうのが出てきていたりして」
――ヴェイパーウェイヴは私も気になるので、ちゃんと知りたいですね。日本をモチーフにしているけど、生まれは海外なんですよね?
「主にアメリカだと思うんですけど、もう国は関係なく広がっていて、日本人を偽装しているアーティストがいたり」
――あー、〈これ日本人? ガイジン?〉っていうアーティスト、います。
「やっぱりタイトルとかアートワークに、80年代の日本的なイメージからの影響が見られるんですよね」