藤井 風、宇多田ヒカル、チャーリーXCX、ビヨンセ......これらのアーテイストを繋ぐキーマンがA.G.クックである。直近でも藤井 風“花”、宇多田ヒカル“Gold ~また逢う日まで~”のプロデュースを手掛け、J-Popシーンだけを眺めていても着実にその名を見る頻度が増えている。
〈A.G.クックとは?〉〈改めてA.G.クックの作品をチェックしたい〉――そんなリスナーに向けたテキストを、ライターのノイ村に執筆してもらった。今に続くA.G.クックのキャリアを、特にターニングポイントとなる楽曲や作品とともにチェックしてもらいたい。 *Mikiki編集部
「ポップな人たちと話すと、『ああ、あの実験的な人だね』って言われる。そして、実験的な人たちと話すと、『ああ、君はポップな人だよね』って言われるんだよ」
2020年のニューヨーク・タイムズのインタビューにおける上記の発言が、A.G.クックという存在を象徴しているのではないだろうか。90年にイギリスのロンドンで生まれ、2010年代前半にネットの海に浮上し、様々な人々を魅了(あるいは翻弄)したこの人物は、やがて音楽シーンに絶大な影響を与え、今では宇多田ヒカルや藤井 風といったアーティストのプロデュースを通して、現代のJ-Popにおける重要人物として語られるようにもなった。
本稿は、ポップとエクスペリメンタルの間に、まるで境目など存在しないかのように微笑むA.G.クックの歩みを辿るテキストである。
2011年~2015年:PC Music設立とハイパーポップに与えた影響
A.G.クックのアーティストとしてのキャリアは、2011年にダニー・L・ハールと結成したユニット、Dux Contentまで遡る。同ユニットに加え、クリエイティブ集団のLOGO(コスメティックブランド、Illamasquaのウェブサイトなどを手がける)や疑似レーベルのGamsoniteなどの活動を通して視覚/聴覚の両面から様々なクリエイティブを生み出していたA.G.クックは、2013年にネットレーベルのPC Musicを立ち上げる。
A.G.クックは同レーベルのA&Rとしての役割に加え、自身の楽曲のリリースや、ハンナ・ダイアモンドやGFOTYといった所属アーティストへの楽曲提供など、様々な形でPC Musicをサポートした。同レーベルからインターネットへと放たれていく、異様に凝った演出のウェブサイトや、ポップミュージックという概念を誇張したかのようなアートワーク/ミュージックビデオ、何より〈バブルガムベース〉(バブルガムポップ+ベースミュージック)と呼称されるほど過剰にポップで、なおかつ異質な印象を与えるサウンドは当時の音楽リスナーやメディアの関心を集め、やがて称賛と反発のカオスを生むようになっていく。
PC Musicはわずかな期間で急速に注目を集め、2015年にはソニー傘下のコロムビア・レコードとパートナーシップを組むという事実上のメジャー進出を果たす。また、前年にはA.G.クック自身も盟友ソフィー(SOPHIE)とのユニット、QTとして“Hey QT”をXLレコーディングスからリリースするという快挙を成し遂げる。だが、それ以上に重要なのは、同レーベルや彼が関わった楽曲、あるいはその活動自体が多くの若いアーティストに影響を与え、後に〈ハイパーポップ〉と呼ばれるムーブメントへと派生したことだろう。
Spotifyの〈Hyperpop〉のプレイリストのメインエディターを務めていたLizzy Szaboは、2019年のインタビューにおいてA.G.クックを同ムーブメントのゴッドファーザーであると位置づけている 。
2016年~2020年 : 本格的なプロデューサーとしての活躍とソロ活動
2010年代中頃まではダンスミュージックの文脈で語られることの多かったA.G.クックだが、メインストリームに接近する大きなきっかけとなった作品が、2016年のチャーリーXCX『Vroom Vroom EP』だ。その後、チャーリーの2つのミックステープ『Number 1 Angel』『Pop 2』(ともに2017年)ではプロデューサーとしてA.G.クックが全面的に関わり、高い評価を獲得した。これらの作品を通じて、自身のユニークな作風が正面から〈ポップミュージック〉として通用することを証明したのだった。



2010年代は裏方としての活動を中心としていたA.G.クックだが、2020年には自身初となるソロ名義のアルバムを2作リリースしている。7枚組、全49曲に及ぶ『7G』と、全10曲の『Apple』だ。
『7G』はディスクごとにDrums、Guitar、Supersaw、Piano、Nord、Spoken Word、Extreme Vocalsという異なる楽器がテーマとして割り当てられ、その中にはブラー“Beetlebum”やテイラー・スウィフト“The Best Day”のカバーも含まれており、まるでA.G.クックのラップトップの中身を覗き込むような内容となっている。

一方の『Apple』は、『7G』で散りばめたアイディアの数々を1つのアルバムへと抽出したかのような作品で、この2枚のアルバムを通して、A.G.クックの音楽性をマクロとミクロで捉えることができる。

2021年~現在:プロデューサーとしての躍進とJ-Popへの接近
そして、A.G.クックは2022年にはビヨンセの『RENAISSANCE』収録の“ALL UP IN YOUR MIND”に参加。2023年にはトロイ・シヴァン『Something To Give Each Other』やキャロライン・ポラチェック『Desire, I Want To Turn Into You』に関わるなど、着実にプロデューサー/ソングライターとしてのキャリアを重ねている。
だが、近年の彼の活動の中でも特に重要なのがJ-Popへの接近である。その最初の取り組みとなったのが、宇多田ヒカル“One Last Kiss”(2021年)のプロデュースだ(実際は宇多田との共同プロデュース)。宇多田はDazedのインタビューにてA.G.クックとの共同作業を「まるで、私が建てた粗末な家に素晴らしいインテリアデザイナーを雇ったような感じだった」と振り返っているが、煌めくようなシンセサイザーの音色と、様々な形の針の先端をほんのわずか皮膚にかすめていくようなリズムトラックの合間で、歌声と吐息を通してとめどなく流れゆく感情の流れが反復とともに輝きを増していく“One Last Kiss”は、まさにA.G.クックの手腕を強く感じさせる。
また、A.G.クックは先日リリースされた藤井 風の新曲“花”のプロデュースも手掛けており、J-Popの先端を行く2人のアーティストとタッグを組んだ実績は、彼の今後のキャリアをさらに豊かにしていくに違いない。
PC Musicを立ち上げたばかりの2013年のインタビューでも、自身の影響源の1つとしてJ-Popを挙げ、冒頭で紹介したLOGOでのプロジェクトでも「小悪魔ageha」のような日本のギャル系ファッション誌の美学をベースとしたと語るA.G.クック。そうした影響源があったのならば、近年の日本のアーティストとのコラボレーションはある種の必然だったのではないだろうか。
特に、宇多田ヒカルや藤井 風といった〈声の響き〉に重きを置いた人物と組むところに、とてもA.G.クックらしさを感じる。彼の作品は、機械的な表現と人間的な表現が一体となった空間が構築されているが、だからこそ、人間の存在をよりリアルに感じさせるものでもある。だからこそ、“One Last Kiss”や“花”を聴くと、瞬く間にそのサウンドと歌声に深く魅了されるのかもしれない。
PC Musicは2023年で新譜のリリースを終了するという、実質上の終焉の時を迎えるのだが、A.G.クックがあらゆる表現において安定を好まないことを考えると自然な帰結だろう。それはつまり、これからもA.G.クックは私たちを驚かせてくれるということだ。

