デヴィッド・ラングと演出家 笈田ヨシが初共演
――芥川龍之介の「或旧友へ送る手記」「点鬼簿」などがベースとなった新作オペラを日本初演
2023年2月、デヴィッド・ラングの「note to a friend」が、NYと東京で初演される。ジャパン・ソサエティー(ニューヨーク)と東京文化会館との共同委嘱で、作曲家みずからがリブレットを作成、演出は笈田ヨシが担当する。大規模なものではなく、小ホールでおこなわれるモノオペラで、室内楽的な、と呼んでもよいかもしれない。今回、Zoomでの二者を迎えた記者会見で筆者からラング氏への問い掛けと、のちにやはりZoomでおこなった笈田ヨシ氏へのインタヴューをまとめて、ご報告と相成った。
まず、ラング氏への問い。リブレットは芥川龍之介の3つの文章をもとにしているそうだが、作曲のみならず、リブレットを作成するその大変さと面白さ、よろこび、といったものについて。
「よい質問ですね。いままでに詩や脚本をたくさん書いてきました。いろいろなパターンがあり、ほかの方がたが書いたものを用いて書くことも、まったくゼロからじぶんで書くこともある。個々の作品によって違ってきました。音楽がことばをより輝かせることも、ことばによって音楽がより理解できることもある、互いに、双方向的にはたらいてくる。いくつも経験してきました。しかし、今回は、死をテーマとしています。誰にとってもとても大切なテーマだし、ときに、ひとによっては重く、辛いものであるかもしれない。わたしじしん、死を書くことは、みずからを、追いかけるような、そんな過程をたどることとなりました。じぶんに問い掛けるだけでなく、深く、じぶんが何者なのか、じぶんが何を感じ、何を知りたいか、どこへ向かっていくのだろうか、ひじょうにパーソナルなテーマを、より、深く掘りさげ、みつめなおすことを求められました。そういう意味では厳しく難しい、じぶんは何者なのかという過程をたどったテクストづくりだったのです」
「自殺をはかった男性をめぐるオペラを以前に書いたことがあるんです。『ルーザー(The Looser)』(2016)で、トーマス・ベルンハルトのテクストをそのまま用いました。ほかのひとのはなしとして書いたからです。しかし今回のオペラは、わたしじしんを投影したものになりました。『ルーザー』では他者のこと、対して、今回は、外からではなく、じぶんのなかを、じぶんの投影したものをみつめなおす。ですからじぶんのことばですべて書きたい――そう考えたわけです」
先の質問につながるが、「デス・スピークス」や「マッチ売りの少女」も死とかかわっている。その意味では、ラング氏にとって死は持続的に考えてこられたテーマなのか、と。
「そう、大好きなテーマです(笑)。わたしはハッピーな人間です。音楽は音楽そのものがミステリー=神秘だとおもっています。音楽は感じることはできるけれど、それがなにものなのか完全に知ることはできません。だから、わかりきらないものを表現するのに、音楽はひじょうにいいとおもっているんですね。ことばだけでは言いきれない、ことばでは理解しきれないものを、音楽をとおして理解する、感じるんじゃないか。わたしたちがどこへ行くのかという、こたえのない、難しい問いが、わたしの好きなテーマにかかわると言ったらいいでしょうか」
演出の笈田ヨシ氏に、ラング作品についてうかがう。
「今回の作品は、ドラマティックなものではありませんね。筋を追う必要はない。もう亡くなっているひとが語るんですが、満足しているんです。静けさ、安堵感、満足感――そんな告白を聴きながら、じゃあ、きょうはどうなんだ、というのを劇場で感じていただければいいんじゃないか」
「今度の作品でおもったのは、文楽の、義太夫節のさわりです。ひとりごとを言うわけですよね。ひとりごとにメロディがあり、人形のうごきがついている。今度のも義太夫節のさわりみたい。1時間ひとりですから、大変ですよね」
すこし補足すると、全体はほぼ1時間で、ラングじしんはプレリュードと2つのインタールードを含め、10曲の連作歌曲のように構成している。ひとりでうたっているから、声が、喉が疲労する。器楽アンサンブルの部分を設け、すこし心身の休息をとる。それはまた、語りての内省の時間、黙っている、沈黙の時間でもある。
「人間を表現して、お客さんと人間とはどういうものであるかと分かちあう。英語ではパフォーマンス・アーツ、フランス語でスペクタクル、日本語では見世物、ですか。おみせするものは、音楽をつうじ、ことばをつうじ、人間表現というか、そういうものです。たとえば能は、ミニマリズムで、メロドラマで、人間の大きさを表現します。わたしは小さいほうが好きですね」
「この企画ですが、はじめピーター・ブルックが小さいカルメン(『カルメンの悲劇』)をやったみたいに、小さなマダム・バタフライがやりたいと言っていたんです。マダム・バタフライの2幕だけラングさんが書き換えるというはなしにもなった。でも、通常のマダム・バタフライを演出する機会があり、うまくできちゃったから、小さなのをやる必要はないな、ということに(笑)。日本の作品をというソサエティからのオファーで、結果的に、ラングさんが芥川作品を選び、じぶんでリブレットを書いて、作曲したんです」
「デヴィッド・ラングの音楽、落ちついて、安心して、聴けるんです。メロディがある。キッチュな音がでてこない。ぼくとしては稽古しながらでも、音楽かけながらやるのはいいだろうなとおもっています」
笈田さんがはなされるなかには、人間や人間性ということばがよくでてくるが、このことばをつかわれるおもいや背景は。
「見世物の商売をしている。みる、というのをやっている。きれいな絵や景色をみていいなあ、カッコいいクルマをみていいなあ。そうおもう。でもいちばんみていて飽きないのは人間なんです、ぼくにとっては。住んでいるパリで、カフェにいますでしょ。通りをみていると、悲しい顔や緊張した様子のひとたちが通りすぎてゆく。結局、じぶんが生きているのはじぶんのなかの問題です。人間が根本にあります。政治問題のうしろにも、いま日本でも宗教の問題がクローズアップされていますが、演劇で政治問題を、宗教問題を表現する、というのはあるけれど、どうして人を殺すんだろう、問題がおこるんだろう――その根本に人間があるんです。舞台でもヴィデオをながしてという作品があります。ぼくは一所懸命やっている、うたっているのをみるのがたのしい。アニメ映画はみていられないんです。途中で映画館からでてきてしまう。へたな演技でも頑張っているとか超越してるとかわかります。精神性、スピリチュアリティをつくったのは人間です。先の政治や宗教についても、どういうふうに人間が助けを必要とし、どこがおカネをとっちゃうかも、人間のなかにあるいろんなものが原動力です。〈業〉といったり〈性〉といったりしますね。不思議な存在で、美しい存在だとおもっているんだけれども。さいごは、人間がどうやって役として生きているか、です」
ある時期から、舞台芸術にかぎらず思想・哲学といった方面でも、身体やカラダという言いかたはされるが、人間ということばが避けられているかにみえるが。
「西洋では頭脳が発達しすぎて、思考が頭脳に集約されています。日本人はカラダで理解して、アタマで理解しない。西洋は逆、となっている。こちらでは腹と腹の探りあい、なんて言いますよね。人間存在というのは、カラダから探ること、頭脳から探ること、両方からいかないと偏ってしまう。舞台でも、カラダでうたうので、カラダと思考、見えない人間のスピリットですか、そうしたものを舞台で探ることにじぶんでは興味があるか、とおもいますね。『note to a friend』も、興奮するとか、そういうものではないんです。カラダはシャワーを浴びたらいい気持ちになります。こころのシャワー、シャワーを浴びていただき、さっぱりする。そうなっていただければいいのかな」
笈田ヨシ(おいだ・よし)
1933年生まれ、兵庫県神戸市出身。仏・パリ在住。旧芸名は笈田勝弘。文学座、劇団四季を経て、68年に英・ロンドンで演劇界の巨匠、ピーター・ブルックに出会って刺激を受け、ブルック演出の実験劇「テンペスト」に出演。70年にブルック設立の国際演劇研究センター(CIRT)に参加。以降、欧米や日本で俳優や演出家として世界を舞台に活動を展開。2013年春にはフランス芸術文化勲章の最高位、コマンドゥールをフランス政府より受賞。
寄稿者プロフィール
小沼純一(こぬま・じゅんいち)
早稲田大学文学学術院教授。音楽文化論、 音楽・文芸批評。3月に「ふりかえる日、日」(青土社)、「武満徹、世界の・札幌の」(港千尋らとの共著、インスクリプト)上梓。近況…あいかわらず家庭の事情で、ライヴ/コンサート、ダンス/演劇、映画、とはほぼ無縁。じぶんがちょっとしゃべるときだけ例外。このまま忘れられてしまうだろうな、と危惧なんだか安堵なんだかをおぼえつつ。
LIVE INFORMATION
舞台芸術創造事業 ジャパン・ソサエティー(ニューヨーク)との国際共同委嘱による新作オペラ
『note to a friend』(原語(英語)上演 ・日本語字幕付)
2023年2月4日(土)東京・上野 東京文化会館 小ホール
開演:15:00
2023年2月5日(日)東京・上野 東京文化会館
開演:15:00開演
原作:芥川龍之介「或旧友へ送る手記」「点鬼簿」
作曲・台本:デヴィッド・ラング
演出:笈田ヨシ
出演:セオ・ブレックマン(ヴォーカル)/サイラス・モシュレフィ(アクター(黙役))/成田達輝/関朋岳(ヴァイオリン)/田原綾子(ヴィオラ)/上村文乃(チェロ)
美術・衣裳・照明:トム・シェンク
https://www.t-bunka.jp/stage/16395/