©Peter Serling

現代アメリカを代表する作曲家による、生者のためのオペラ

 現代アメリカを代表する作曲家、デヴィッド・ラング作曲のオペラ「note to a friend」の公演が2023年2月に東京文化会館で開催される。十代の頃から親しんでいた作家、芥川龍之介の「或旧友へ送る手記」「点鬼簿」を元に作曲家が台本も担当。テーマは自殺であり、三島由紀夫やピーター・ブルックとの親交でも知られる笈田ヨシが演出する。

 自殺というおどろおどろしいテーマに、ラングの明るい曲調がどのように結びつくのだろうかと思う向きもあるだろう。その前に少しラングの活動をさらっておこう。1957年生まれの彼は本国アメリカでは、ジョン・ケージ(1912-1992)を中心とする実験音楽の〈あと〉、フィリップ・グラス(1937-)やスティーヴ・ライヒ(1936-)、テリー・ライリー(1935-)ら、ミニマル・ミュージックの作曲家と名指された世代の〈あと〉に位置付けられる存在である。1987年に、音楽団体〈バング・オン・ア・カン〉をジュリア・ウルフとマイケル・ゴードンと立ち上げたことで知られ、前衛/後衛や、アカデミズム/世俗の区分を取り払い、例えばアヴァンギャルドなジャズやワールドミュージックまで射程に入れながら精力的に取り上げ、新しく聴衆を取りこんできた。現在も続くそれは、もはやひとつの文化的なムーブメントとさえいっていいだろう。その中心的な祭典、〈バング・オン・ア・カン・マラソン〉は、晩年のジョン・ケージも訪れ、絶賛し多額の寄付を行なった。そんな逸話も、ご存知の方がいるかもしれない。

 作曲家としてのラングは、若くしてショスタコーヴィッチに耽溺、そしてハリー・パーチやグラス、ライヒと出会い、イェール大学の博士課程を取得。アカデミズムの内と外を行き来しながら、アメリカ音楽の中心として活動してきた。2008年に“マッチ売りの少女の受難曲(原題:the little match girl passion)”でピューリッツァー賞を受賞、パオロ・ソレンティーノ監督の「グランドフィナーレ(原題:Youth)」の映画音楽を担当し、日本のファンにも知られた業績を重ねてきた。

 ただ、ミニマリズムの洗礼を経て、演奏という行為を視覚的/演劇的に捉え、その意味性に意識的な作家であることはもう一度強調されて良いだろう。例えば、今年出版されたライヒの対談集「Conversations」において、複数の奏者が同じ楽器である打楽器を叩くライヒ作品“Drumming”に衝撃を受け、演奏行為の視覚的な要素へのアプローチを考察し始めたことを告白している。音楽作りを確認しながら舞台作品が作られることに意味を見出すと語るほど、演劇と音楽の相互作用性に関心を寄せる彼は、例えば“マッチ売りの少女の受難曲”では、台本を書くにとどまらず舞台演出もてがけた。その舞台は、クレーンで巨大に持ち上げられた小さな台の上にソロパフォーマーを乗せ、観客はバルコニー席にしか座れず、劇場の大半は空席という、かなり実験的なものだった、という――。

 死の奇妙な〈他者性〉から生を浮かび上がらせることは、ここ最近の彼のテーマだったといえるだろう。歌詞も手がけた歌曲“デス・スピークス”(2012年)のプログラムノートでは、“マッチ売りの少女”における生者と死者のかけ離れた心理状態に着目し、またシューベルトの歌曲における、生を相対化させる死の擬人化という手法に対する考察をも綴っていた。トーマス・ベルンハルト原作で、ラングが作曲と台本を手がけたオペラ「ルーザー(the loser)」(2016)は、グレン・グールドの存在によって一流演奏家への夢が絶たれ破滅に向かうピアニストを、外部からの視点で描いた話だった。 かくして、「note to a friend」は彼のテーマが深く結実する作品になると予想される。

 長年共同作業を積んできたセオ・ブレックマンが作曲家自身の指名によって歌手に選ばれ、そこに成田達輝をはじめとする日本の若い実力者たちが加わる。温めてきたテーマが花開くオペラの実現によって、デヴィッド・ラングの芸術家としての相貌が、今、わたしたちの前に立ち現れる。

 


デヴィッド・ラング(David Lang)
1957年1月8日生まれ。作曲家。ニューヨーク在住。音楽集団〈Bang On A Can〉の共同創設者。2008年に“the little match girl passion”でピューリッツァー音楽賞を受賞し、2010年にはPaul HillierとTheatre of VoicesによるBest Small Ensemble Performanceでグラミー賞を受賞。映画「Youth」の“Simple Song #3”でアカデミー賞にノミネートされた。

 


LIVE INFORMATION

笈田ヨシ ©Sébastien Coindre、セオ・ブレックマン ©Lynne Harty

舞台芸術創造事業 ジャパン・ソサエティー(ニューヨーク)との国際共同委嘱による新作オペラ
『note to a friend』 (原語(英語)上演 ・日本語字幕付)

2023年2月4日(土)東京・上野 東京文化会館 小ホール
開演:15:00
2023年2月5日(日)東京・上野 東京文化会館 小ホール
​開演:15:00
原作:芥川龍之介「或旧友へ送る手記」「点鬼簿」
作曲・台本:デヴィッド・ラング
演出:笈田ヨシ
出演:セオ・ブレックマン(ヴォーカル)/サイラス・モシュレフィ(アクター)/成田達輝、関朋岳(ヴァイオリン)/田原綾子(ヴィオラ)/上村文乃(チェロ)
美術・衣裳・照明・絵画:トム・シェンク
https://www.t-bunka.jp/stage/16395/

 

©Omar Cruz

Music Program TOKYO
デヴィッド・ラングが語る現代音楽

2023年2月3日(金)東京・上野 東京文化会館 小ホール
開演:19:00
内容:第1部 新作オペラ『note to a friend』の作品解説/第2部 デヴィッド・ラング×久石譲 対談
出演:デヴィッド・ラング(作曲家)
ゲスト出演:久石譲(作曲家)
聞き手:柿沼敏江 ※日本語通訳付
https://www.t-bunka.jp/stage/17026