切れ目ない5世紀の英国音楽史のパノラマ――『エリザベス2世1953年戴冠式』

WILLIAM McKIE, CORONATION CHOIR, CORONATION ORCHESTRA 『エリザベス女王1953年戴冠式(公式レコードからの音楽)』 Warner Classics(2022)

 英国ウィンザー朝第4代国王、エリザベス2世(1926―2022)が2022年9月8日に96歳で亡くなった。同年6月には英国王として史上最長の在位70周年を祝う式典が催されたばかり。ワーナークラシックスが5月27日に発売したCD『エリザベス女王1953年戴冠式(公式レコードからの音楽)』も祝賀記念の一環だった。1953年6月2日、ロンドンのウェストミンスター寺院で行われた戴冠式から音楽の部分を抜き出し、編集した。オリジナルは1953年に旧EMIが3枚組LP盤で発売、1997年(在位45周年)と2002年(同50周年)に2枚組CDで再発したのと同じ音源だが、今回はアビイ・ロード・スタジオに保管されていたオリジナル・マスターテープから音楽部分のみを編集、24bit/192kHzのリマスタリングを施したリリースだった。2022年9月19日の葬儀と同じ会場の収録でもあり、奇しくも追悼盤の意味を帯びてしまった。

 アーネスト・ブロック(1890―1979)が戴冠式のために作曲した“ファンファーレ”が両端に置かれ、その後の英国国歌(ゴードン・ジェイコブ編)で閉じるアルバムは、16世紀のルイ・ブルジョワ(1510―1559)、オルランド・ギボンズ(1583―1625)から20世紀のラルフ・ヴォーン=ウィリアムズ(1872―1958)、ウィリアム・ウォルトン(1902―1983)らに至る英国音楽史の、5世紀にわたるパノラマの様相を呈している。何度も負けたドイツや日本と違い、英国の音楽史には戦争に伴う分断がなく、音楽の伝統が英国国教会と一体に、切れ目なく継承されてきた実態が垣間見えるだろう。

 演奏にはロンドンやウィンザーの聖歌隊、イングランド、スコットランド、ウェールズ、北アイルランドから集まった合唱団員、有名オペラ歌手からなる声楽チーム、一流ソリストと名門楽団から選抜された器楽チームが組織され、パイプオルガンを交え、寺院独特の音響空間に壮麗な音の伽藍を築いている。

 戦勝国とはいえ、多くの犠牲を伴って始まった英国の戦後社会。エリザベス2世は希望と和解の象徴であると同時に、世界の多くの人々にとっても〈絶対のアイドル〉だった。

 


【曲目】
アーネスト・ブロック:ファンファーレ/ヒューバート・パリー:私は喜んだ/ハーバート・ハウエルズ:見よ、おお、われらが庇護者なる神よ/ウィリアム・ヘンリー・ハリス:わが祈りを届かせん/レイフ・ヴォーン・ウィリアムズ:ミサ曲ト短調~クレド/アーネスト・ブロック:聖霊よおいでください/ゲオルク・フリードリヒ・ヘンデル:司祭ザドク/アーネスト・ブロック:ファンファーレ(女王陛下万歳)/ジョージ・ダイソン:コンフォルターレ/サミュエル・セバスチャン・ウェスレー:永遠の平和を彼にもたらせたまえ/アーネスト・ブロック:ファンファーレ(女王陛下万歳)/ルイ・ブルジョワ(ジョン・ダウランド&ヴォーン・ウィリアムズ編):よろずのくにびと/ジョン・メルベッケ:祈り - インヴェンション - アブソリュション - サーサムコーダ/レイフ・ヴォーン・ウィリアムズ:ミサ曲ト短調~サンクトゥス/レイフ・ヴォーン・ウィリアムズ:味わい、見よ/チャールズ・ヴィリアーズ・スタンフォード:グローリア/オーランド・ギボンズ:スリーフォールド・アーメン/ウィリアム・ウォルトン:テ・デウム/アーネスト・ブロック:ファンファーレ/英国国歌(ゴードン・ジェイコブ編)