ピエール・エテックスレトロスペクティブ――傑作フレンチコメディ映画が一挙公開!　タチのような洗練とフェリーニのような人懐っこさ

フレンチコメディの傑作が一挙公開!　この機を逃すな!
タチのように洗練されていて、フェリーニのように人懐っこいエテックスの世界

　映画監督、俳優、イラストレーター、道化師など、様々な顔を持つピエール・エテックス。ジャック・タチに師事し、ロベール・ブレッソンやフェデリコ・フェリーニの映画に出演したフランスの異才が残した映画が、〈ピエール・エテックスレトロスペクティブ〉として公開される。長編・短編あわせて7作品がラインナップされているが、「恋する男」以外の6作は日本で正式に劇場公開されるのが初めてという記念すべき企画だ。

　1928年にフランスのロアンヌに生まれたエテックスは、子供の頃からチャップリンやキートンなどのコメディ映画に夢中になり、サーカスの道化師に憧れた。そして、20代の頃は道化師として舞台に立ちながら、イラストレーターとして生計を立てていた。そんなある日、ジャック・タチの監督・主演作「ぼくの伯父さんの休暇」（1953年）を観て感動。タチに会いに行ったことがエテックスの人生を変えた。エテックスはタチにアシスタントとして雇われ、「ぼくの伯父さん」（1958年）の有名なポスターを描く。そして、映画の世界へと入っていった。

「恋する男」LE SOUPIRANT
©1961 – CAPAC

　監督・主演を務めた記念すべき長編デビュー作「恋する男」（1962年）は、タチを通じて知り合い、創作上のパートナーとなる脚本家、ジャン＝クロード・カリエールと脚本を共作。エテックスが演じる主人公は、実家で両親と暮らす天文学オタクの独身男。両親から結婚を勧められて、街に出て恋人探しに奔走する。エテックスはほとんどセリフを発することなく、身振りと映像で笑いを生み出していく。サイレント喜劇のエッセンスを独自に昇華しながら、そこに漂うフランス的なエスプリとモダンな映像センス。そして、音の使い方にタチの影響を感じさせる本作は、「ぼくの伯父さんの休暇」と同じくルイ・デリュック賞を受賞した。

「ヨーヨー」YOYO
©1961 – CAPAC

　そして、エテックスの映像作家としての才能が開花したのが長編2作目「ヨーヨー」（1964年）だ。退屈な毎日を送っていた億万長者が、かつて付き合っていたサーカスの曲芸師の娘と再会。彼女は億万長者との間に生まれた子供を密かに育てていて、その子はやがてヨーヨーという道化師に成長する。エテックスは父と子の二役を演じているが、父の時代をサイレント、ヨーヨーの時代をトーキーで描く遊び心溢れる趣向。サーカスの世界を詩情豊かに描き（エテックスの友人の芸人達が多数出演）、コメディと人間ドラマが絶妙のバラスで融合した本作は、カンヌやヴェネチア映画祭で受賞。ジャン＝リュック・ゴダールは、その年のベストの1本に本作を選んだ。

　この2作がエテックスの代表作だが、今回はその他にオムニバス形式の「健康でさえあれば」（1965年）。妻がいる中年男が若い女性に恋愛妄想を抱く「大恋愛」（1968年）といった長編。そして、ルイス・ブニュエルが気に入った「破局」（1961年）、アカデミー賞最優秀短編賞を受賞した「幸福な結婚記念日」（1961年）、65年に撮影されて2010年に公開された「絶好調」（1965年）といった短編を上映。タチのように洗練されていて、フェリーニのように人懐っこいエテックスの世界を、たっぷり楽しむことができるだろう。