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A time of apparent magic(一見、魔法のような時代)を彩る魅惑の音楽

 文字が普及する以前から神話として語り継がれてきた、トロイ戦争(※紀元前12~11世紀頃に起こった可能性がある、ペロポネソス半島のギリシャ王国連合 vs 小アジアのトロイア王国との戦い)の伝説は西洋人の想像力を掻き立て、これまでに絵画や彫刻など数多の芸術作品を生み出してきた。特にマニアックなオペラ・ファンにとっては、戦争の発端となった事件を風刺したオッフェンバックの喜歌劇「美しきエレーヌ」を筆頭に、有名なトロイの木馬も出てくるベルリオーズ「トロイアの人々」や、祖国を失い北アフリカに漂着したトロイの王子とカルタゴの女王の悲劇であるパーセル「ディドとエネアス」、ホフマンスタールとR. シュトラウスの名コンビによる「エジプトのヘレナ」などの元ネタとしてお馴染みかもしれない。そんな派生作品の〈オリジン〉のひとつが、紀元前8世紀頃に古代ギリシャの詩人ホメロスによって編まれた(とされる)叙事詩「オデュッセイア」。10年にも及んだトロイ戦争を終わらせたギリシャ軍の英雄にして島国イタケの王オデュッセウスが、それから更に10年の歳月をかけて故郷に戻るまでの顛末と、彼の帰りを20年間待ち続けた王妃ペネロペと息子テレマコスに迫る危機、2つの異なる視点を絡み合わせて描いた最古の〈傑作〉冒険譚である。オペラの父モンテヴェルディの歌劇「ウリッセの帰還」(※〈ウリッセ〉は〈オデュッセウス〉のイタリア語形で、因みに英語名は〈ユリシーズ〉)の原作としても知られるこの壮大な物語が2026年、クリストファー・ノーラン監督によって現代に甦った。

 各国で公開中の映画「オデュッセイア」は既に全世界興収で17億ドルを突破し、ノーラン監督の作品としては歴代最高の大ヒットを記録。日本でも公開前から連日、各メディアやSNSで大きな話題を呼んでいる。本作の見どころは長編映画史上初となる全編IMAXフィルムカメラで撮影された圧倒的な映像美にあるが、やはり〈タワレコ〉的にはスウェーデン生まれの異才ルドウィグ・ゴランソン(1984-)が手掛けた音楽の魅力を紹介しないわけにはいかない。

LUDWIG GORANSSON 『オリジナル・サウンドトラック オデュッセイア』 Rambling(2026)

 これまでずっと、実験的で斬新な手法によるサントラ作りを貫いてきたゴランソン。キャリア初の長編映画は、同じ南カリフォルニア大の卒業生ライアン・クーグラー監督の「フルートベール駅で」(2013年)で、この時は高速鉄道の音を録音してスコアに取り入れリズム要素にし、同監督の出世作である「クリード チャンプを継ぐ男」(2015年)ではボクシングのトレーニング・シーンの音からビート感を得た。続くマーベル映画「ブラックパンサー」(2018年)ではセネガルに赴き伝統的なアフリカ音楽と楽器を研究して作曲し、これで第91回アカデミー賞の作曲賞を獲得。2022年の続編「ブラックパンサー/ワカンダ・フォーエバー」ではアフリカ文化だけでなく、劇中に登場する海底文明タロカンのイメージとして古代マヤ文明の音楽を再現。リアーナが歌う主題歌“Lift Me Up”の制作陣にも加わっている。そしてクーグラーとの5度目のタッグである2025年の「罪人たち」では、第68回グラミー賞の最優秀映像作品賞と共に第98回アカデミー賞の作曲賞も受賞。ここではブルース、アイルランド民謡、ゴスペル、ジャズ、ソウルなど様々なジャンルで構成された音楽が評価された。

 もちろん映画のための楽曲は他にも「ヴェノム」(2018年)や「私ときどきレッサーパンダ」(2022年)など沢山あるが、とりわけ2019年に「スター・ウォーズ シリーズ」初の実写テレビ・ドラマ作品としてスタートし、2026年には劇場版「スター・ウォーズ/マンダロリアン・アンド・グローグー」が日本でもヒットした「マンダロリアン」のメイン・テーマは、孤高の賞金稼ぎの冒険を象徴するような曲でファンの間でも人気が高く、冒頭の尺八を思わせる木製バス・リコーダーの響きに心を掴まれるはず。

 なおゴランソンには〈敏腕〉プロデューサーとしての顔もあり、脚本家でコメディアンでもあるドナルド・グローヴァーの音楽プロジェクト、チャイルディッシュ・ガンビーノのラディカルな全米No. 1ヒット“This Is America”(2018年)などを世に放ったことも彼の功績のひとつとして知られている。

 そんなゴランソンがノーランと組んだのは2020年のSF超大作「TENET テネット」からで、監督の長年にわたるコラボ相手だった巨匠ハンス・ジマーが2021年の映画「DUNE/デューン 砂の惑星」を優先して、オファーを断ったために抜擢されたのだった。〈時を逆行する〉テクノロジーを使って現代に攻めてきた未来人との戦いを、時間の〈順行〉と〈逆行〉とを複雑に絡み合わせて描いた本作のため、ゴランソンは順方向でも逆再生でも聴ける摩訶不思議な音楽を書き上げて監督の期待に応えた。そして次の「オッペンハイマー」(2023年)ではノーランの提案でメイン・テーマにソロ・ヴァイオリンを起用し、ロマンチックで美しい音色から神経質なホラー・サウンドへと変化する演奏を通して〈原子爆弾の生みの親〉の不安を表現。見事、第96回アカデミー賞の作曲賞に輝いた(※つまり19年、24年、26年と3度オスカーを手にしている)。

 今回「オデュッセイア」のスコアに関してノーラン監督がこだわったのは、往年の剣闘士映画にありがちな豪華なオーケストラ音楽を使用しないこと。観客の先入観を覆し、作品の舞台である〈青銅器時代〉に忠実でありながらも異なるアプローチで、独自の音世界を創り出すことを望んだという。そのためゴランソンは先ず、形や大きさが異なる青銅製の円盤を多数集めてゴングを試作。様々な方法でそれらを演奏して誰も聴いたことがない音を引き出し、現代的な技術を用いて録音。その不協和音をまとまった音楽表現に変え、最終的に主人公オデュッセウスを象徴するモチーフへと発展させた。加えて考古音楽学者によって再現された古代世界の楽器……アウロス(根元で二股に分かれる木管楽器)とライアー(小型のU字型ハープ)の奏でる音、それら3つの〈古(いにしえ)の〉サウンドを映画の全編に響きわたらせた。とりわけオデュッセウスが(彼以外には誰も弦を張ることのできない)愛用の弓を鳴らす瞬間に重なる、音楽的な〈ビュン!〉が圧巻である。

 印象的なのは〈嘆きの歌〉とも云える“オデュッセウスのテーマ”。物悲しいこのメロディは、物語の終盤でイタケに帰還したオデュッセウスがペネロペの傍らで「トロイの城壁を焼き払うことは、世界そのものを焼き尽くすに等しかった。我々は〈ゼウスの掟〉を永遠に踏みにじってしまった……」と告白する場面の音楽としてクライマックスを迎えるが、それ以前にも繰り返し登場して耳に残る。特に冥界の場面では「罪人たち」でゴランソンと劇中歌を共作した英国のシンガー・ソングライター、ジェイムス・ブレイクにこの旋律を歌わせ、亡くなった仲間たちの叫び声を思わせる切ない木魂に変貌させているのが衝撃的だ。また別のシーンでソロ・ヴォーカリストとして起用したノーランの娘フローラが、この旋律をまるで女神アテナの〈嘆き〉のように歌っているのも必聴。因みに彼女は、オデュッセウスがカリュプソの島で自分が何者であるかを想い出す瞬間に流れる“ペネロペとの愛のテーマ”にも参加していて、そちらも感動的だ。

 この他にも、ギリシャ北西の国アルバニアまで赴いてレコーディングした、羊飼いや農業労働者たちで構成された合唱団による激しい打楽器のような〈アイソ・ポリフォニー〉と呼ばれる民謡の伝統を用いた調べ、徐々に脈動するリズムを加速して不安と緊張感をエスカレーションさせる戦闘場面、〈自分が望むものすべて、そして、願わなければよかったと後悔するものすべて〉を呼び覚まして聴く者を狂わせるセイレーンの歌……と魅惑の音楽が盛り沢山。「TENET テネット」でもエンディング曲を共作し、今回は吟遊詩人の役で出演も果たしているラッパーのトラヴィス・スコットの語りがジェイムス・ブレイクの歌声と共に高まっていくラストの“When I’m Home”まで、聴き逃せない。

 


クリストファー・ノーラン(Christopher Nolan)
ロンドン出身の脚本家・映画監督・映画プロデューサー。アメコミヒーローのバットマンを新たに描いた「バットマン ビギンズ」(05)、「ダークナイト」(08)、「ダークナイト ライジング」(12)の3部作は、重厚でリアリスティックな世界観でアメコミ映画の新たな潮流を築き、興行面でも大成功を収めた。そのほか「インセプション」(10)、「インターステラー」(14)、「TENET テネット」(20)などオリジナル脚本の超大作を手がけ、実話の映画化に挑戦した「ダンケルク」(17)でアカデミー監督賞に初ノミネートされた。

 


寄稿者プロフィール
東端哲也(ひがしばた・てつや)

1969年、徳島市生まれ。立教大学文学部日本文学科卒。音楽&映画まわりを中心としたよろずライター。インタヴュー仕事が得意で守備範囲も広いが本人は海外エンタメ好き。

 


MOVIE INFORMATION
「オデュッセイア」

監督・脚本:クリストファー・ノーラン ホメロス「オデュッセイア」に基づく
音楽:ルドウィグ・ゴランソン
出演:マット・デイモン/トム・ホランド/アン・ハサウェイ/ロバート・パティンソン/ルピタ・ニョンゴ/サマンサ・モートン/ゼンデイヤ/シャーリーズ・セロン
配給:ビターズ・エンド ユニバーサル映画
(2026年|アメリカ|172分)
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