演奏家・作曲家、スティーヴ・ライヒが仲間と打ち明ける制作の舞台裏
スティーヴ・ライヒの自身の言葉を綴った3冊目の本が出版された。一冊目は「Writing About Music」(1974)、2冊目は「Writings On Music 1965 - 2000」(2002)。後者は前者に74年~2000年までにライヒが音楽について書いたもの、インタヴューや対談などが追加収録されている。この「Conversarions」は、ライヒがコロナ禍期間中、主にZoomで行った作曲家、音楽家、彫刻家、振付師、ビデオ作家やノンサッチ・レコード社長との会話を収めたもの。会話を介してライヒは自身の作品への彼らの関心や彼らに与えた影響を、彼らの作品の解釈、印象や体験そのものを通じ掘り下げると同時に自身の考えを明らかにしていく。まもなく日本で展覧会が予定されているブライアン・イーノ、レディオヘッドのジョニー・グリーンウッド、ローザスのアンヌ・テレサ・ドゥ・ケースマイケルといったアーティストが相手を務める。なぜ対話形式にしたのか。そもそも本を構想するときにはライヒは彼の愛読書である「Stravinsky In Conversation With Robert Craft」のことを参考にしてきたからだという。
これまでの2冊は書き物が中心だった。16歳にしてコーネル大学に入学、ウィトゲンシュタインを学んだ人だけあって文体は(それに曲名も)簡潔にして論理的だったが、会話を介して浮かび上がるのはニューヨーカーらしいユーモラスで飾らないライヒ。前述のアーティストとの対話ももちろん面白い。だが個人的にとても響いたのは、ライヒの右腕ラッセル・ハルテンバーガーとの会話だ。代表作である“18人の音楽家のための音楽”は、リハーサルだけではなく、最初のレコーディングの時にもスコアがなく、ミュージシャンはライヒの手書きのメモをそれぞれ手渡され、それを見ながらライヒの指示に従って演奏していたという。これはまるで菊地成孔の制作現場じゃないか。ラッセルのライヒ・メモと同様、菊地のメモも実に理に適っていて、スコアが音楽家をイメージによって拘束してしまうのに反し、断片であるメモは作品の全体像をゴーストのようなイメージに向かってアーティストを解放していく。この二人の会話はまさにそんなライヒの音楽のあり方を端的に示したと思った。
もうひとつ、クロノス・カルテットのデヴィッド・ハリントンが“ディファレント・トレインズ”を振り返り、アウシュヴィッツで観た映像のことをライヒに話している。収容所内でパンを仲間に分けた少年が、そのことで裸足のまま凍りつく寒さの中に立たされたその映像を見て震えたという。まだ凍てつくウクライナの路上に放り出された人々のことで頭がいっぱいになった。