こだわりの見える選曲
自分らしさという意味では、LGBTQアーティストとしてのこだわりも本作からは窺える。前述のカルチャー・クラブのボーイ・ジョージもそうだが、70年代に活躍したアメリカ人グラム・ロック・シンガーのジョブライアスもゲイを公表していたひとり。大々的に売り出されるも当時は大コケで、その後に再評価の波が高まったりも。アダムは、先人の意志を継ぐかのように、彼の“I’m A Man”のカヴァーでは、70年代的なロック・サウンドを再現してみせる。
そういえば、ファースト・アルバム『For Your Entertainment』のリリース直後の2009年、アダムは〈アメリカン・ミュージック・アワード〉のパフォーマンス中に突然バック・バンドの男性とキスをして、大騒動になったことがある。そのTV中継を観た保守派が、不謹慎すぎると声を上げ、罰金騒動にまで発展。その後しばらくTVに出れなかったことを彼はつい最近も回想していた。いまでは考えられないような事件だが、アメリカのLGBTQ偏見が、当時はまだ相当ひどかったということだ。そんな状況がわずか10数年で大きく変化したのは、彼のような勇気のある人が、社会を変えて前進させてきたということだろう。
こだわりを感じさせるクラシックな名曲の掘り出しは他にも収録されている。メンフィス・ソウルのアン・ピーブルスが歌った“I Can’t Stand The Rain”は73年のヒット曲。ティナ・ターナーによるカヴァーも、もちろんアダムは知っているに違いない。またアルバム本編のラストを締め括る“Mad About The Boy”は、いわゆるジャズのスタンダード・ナンバー。ダイナ・ワシントンのヴァージョンがよく知られている。もちろんアダムは男性目線で〈その男の子に夢中〉と歌っているのだが。
本作を聴いて改めて驚愕させられるのが、アダムの歌唱力とその迫力だ。「アメリカン・アイドル」時代から素晴らしかったが、いまでは桁外れのレベルに達している。安定感といい、ダイナミズムといい、もはや別次元であり、しかもグラマラスな魅力も加わった。彼の唯一無二の個性が余すことなく歌からも聴こえてくる。 *村上ひさし
アダム・ランバートが参加した近作を紹介。
左から、クイーン+アダム・ランバートのライヴ盤『Live Around The World』(EMI)、2019年のサントラ『Playmobil』(Masterworks)、2021年の楽曲集『Highlights From Andrew Lloyd Webber’s Cinderella』(Verve)