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根無し草の強み

――また、Illicit Tsuboiさんがミックス・エンジニアを担当しているのも本作のトピックです。

「Tsuboiさんは僕が大好きなエンジニアのひとりで、今回は普通のオーケストラやジャズではないサウンド――いわゆるきれいな音で録ってそのまま鳴らしたのではない、ストリートの匂いを感じさせるものにしたくてお願いしました。特に痺れたのが“夜宴”の弦の音で、僕から〈ローファイでドライっぽく処理してください〉と指定したわけでもないのに、この曲の弦だけ他の曲と同じスタジオで録ったものとは思えない響きになって戻ってきたんです。しかもその音の処理がすごくカッコいいんですよね。僕は自分でミックスもやるんですが、この曲はどうやっているのかマジでわからないです(笑)」

――今回のサントラの制作はご自身にとってどんな経験になりましたか?

「僕は〈職業作家〉なので、毎日音楽を書かなくてはいけない生活をしているんですが、僕としてはそれが全然嫌いではないし、そういう生活のなかでしか見えてこない、音楽への集中力があると思っていて。ただ、クライアントがいる音楽制作ではいろいろな制約があるので、自分の中にアイデアが溜まっていって、定期的にそれをぶつける機会が欲しくなるんです。その1回目の機会が『NotAnArtist』(2021年)というアルバムだったんですが、今回のサントラでも自分の中に溜まっていた〈こういう曲を作りたいな〉という気持ちをぶつけることができて。その意味で今回は『NotAnArtist』を作ったときと同じような満足感があります。劇伴を作るのは大学で作曲を学んでいた頃からの目標でもあったし、自分のいろいろなものを消化できる場でもあるので、本当に楽しいんですよね」

――yamaguchiさんは多様なサウンドを作れる音楽家ですが、メインと考えられているジャンルはあるんですか?

「基本、CM音楽ならCM音楽、ジャズならジャズ、ポップスならポップスの畑という感じになりますけど、僕は昔からけっこう根無し草みたいな感じで、若い頃はそれがコンプレックスでもあったんです。でも、最近は理解してくれる人も増えて、それがだんだん強みになってきたことを感じていて。いまはいろいろなジャンルの真ん中くらいにいる感じなので、あちこち行き来しながら新しいものを作れると嬉しいですね。劇伴もCM音楽も同じくらい好きですし、自分の作品も作っていきたいですし」

yuma yamaguchiの過去作と参加作。
左から、2021年に配信リリースしたアルバム『NotAnArtist』(YUGE inc.)、2021年のサントラ『さんかく窓の外側は夜 』(松竹)、福永健人の2021年作『No.23』(APOLLO SOUNDS)

Illicit Tsuboiが参加した近年の作品を一部紹介。
左から、jjjの2023年作『MAKTUB』(FL$Nation/AWDR/LR2)、YAJICO GIRLの2023年作『Indoor Newtown Collective』(MASH A&R)、OMSBの2022年作『ALONE』(SUMMIT)