映画やTVドラマの劇伴、CM音楽の提供などで活躍してきた作曲家、yuma yamaguchi(山口由馬)。彼が約9年ぶりとなるオリジナル・フル・アルバム『NotAnArtist』をリリースした。同作には、七尾旅人、ラブリーサマーちゃん、角銅真実らがゲスト・ヴォーカルとして参加。彼らのフリーキーでパワフルな歌唱が、ポスト・クラシカルや電子音楽を基調とした先鋭的なサウンドに、不思議なポップさをもたらしている。〈アーティストではない〉と題されてはいるものの、全体を通してyuma yamaguchiという音楽家の作家性が濃く染み出ているアルバムだ。
その〈yuma yamaguchi的なる音〉を分析すべく、今回は1曲ごとのレビューを掲載。細田成嗣、藤堂てるいえ、鈴木英之介のライター3人が、各曲の音楽成分や特徴に迫った。 *Mikiki編集部

1. Bend and Shape
空間を切り裂くように伸びやかで、まるでブルガリアン・ヴォイスのような声がアルバムの幕開けを告げるのに相応しい冒頭曲。くぐもった響きのピアノがフレーズを繰り返すなか、ラジオのような音声、そして力強い歌声がポリフォニックに重なり合っていく。yuma yamaguchiが職業作家として手がけた97人の中高生による〈ポカリNEO合唱〉や、あるいは北京のフォーク歌手・小河が773人の〈啊(アー)〉を重ねた試みもそうだが、多数の声が空間の許容量を超えて集合するサウンドは時代の基調音となっているようにも感じる。 *細田成嗣
2. 塊(feat. Leo Uchida from Kroi)
重いピアノの打鍵音とその執拗なまでの反復が醸成する、ただならぬ緊迫感。それを背景にKroiのヴォーカリスト・内田怜央が、まるで英語のように聴こえる日本語のフロウでクールに畳みかけてくる。その二つの要素だけでも十分に楽曲として成立するだろうが、この曲は決してそんな基盤の上に安住しない。突如ピアノの耽美的なフレーズが現れたと思えば、その後もノイズや電子ビート、ストリングスなどが折り重なり、曲は姿形をめまぐるしく変えていく。こんなに変化に富んでいて濃密な3分13秒の体験は、ちょっと他に思いつかない。 *鈴木英之介

3. ベガーズオペラ(feat. 七尾旅人)
アルバム序盤は強烈なインパクトの音の応酬に圧倒される展開が続くが、日本語詞が持つ叙情的な世界観でしばしの休息を与えてくれる本曲。とはいえ、中盤に差しかかるころには七尾旅人の歌唱とのインプロの応酬のようなやり取りにあっという間に耳を奪われてしまう。これはアルバム全体に言えることだが、ある種の緊張感が漲り、少ないながらも的確に配された一音一音が聴き手に刺さる。ヴォーカルがあるからポップスの体裁を保っているものの、まるで壮大なストーリーを彩るサウンドトラックのようにも響くという点では真にジャンルレス。 *藤堂てるいえ

4. Small Circle
粒立ちのいい音によるキラキラしたフレーズで始まる、ささやかなピアノ曲。間を活かした弾きすぎないプレイとムラのない綺麗な音色、そして滲むような和声の響きが、ビル・エヴァンスのソロ・ピアノ作などを彷彿させる。11曲目の“Circular Path”と同じメロディーを使用しているのだが、ドリーミーで開放的なそちらに対し、“Small Circle”はメランコリーを湛えており、その印象は大きく異なる。調やアレンジ、音像を変えるだけで同じメロディーでも全く別物になってしまう、音楽というもののおもしろさを改めて実感させられる。 *鈴木英之介
5. 潜行(feat. 角銅真実)
ピアノと管弦楽を伴奏に、そっと内省することから広がる世界を歌う角銅真実の、声と言葉の関わり合いがおもしろい楽曲だ。〈やわらかなもようのなか〉と口にした後に柔らかな模様を描くかのようにスキャットが続き、〈どこへでもいけるさ〉と歌うと壮大な管弦楽に彩られたスキャットが遠くへトリップするかのように続く。目を閉じて深呼吸しながら聴くと時間も空間も超えてしまうかのようだ。ストリングスがクラシカルな雰囲気を醸す一方、サックスの多重録音がジャジーなオーケストレーションとしてまとめられているところも聴き応えあり。 *細田成嗣

6. Lucid
ピアノ独奏による小品。ゆったりとしたテンポで、ややくぐもったサウンドによる優しいフレーズを、変奏しながら繰り返していく。フランス印象主義を彷彿させるぼんやりとした静謐さに包まれているが、繊細なピアノの響きはかえってペダルを踏む音やダンパーの動き、あるいは椅子の軋みなど、周囲の環境音を違和感なく立ち上がらせている。終盤では4拍子から3拍子に切り替わってアレグロになるため、たった2分間のうちに壮大な物語を聴き取ることもできる。同時に、耳を凝らすことなく肩の力を抜いてアンビエント的に聴くことも可能だ。 *細田成嗣
7. Over Live(feat. Isatta Sheriff)
LAビートの雄=フライング・ロータスとのコラボ経験を持つロンドン在住のフィメール・ラッパー、イサッタ・シェリフを客演に迎えて制作されたアルバム中盤のハイライト曲。シリアスなムードのなかで空間を司るピアノとストリングスのシンフォニックなアレンジは、鬼気迫るように畳みかけるラップとの相性が抜群にいい。それに加えて、息をもつかせぬ展開はこの曲を起点としてアルバム後半に向けてのストーリーを一気に加速させていく。相変わらず余分な装飾が一切ない音の構成も見事で、シンプルがゆえに強いメッセージ性すら感じさせる。 *藤堂てるいえ

8. Tapping
タイトルどおりのタップ音と、展開をリードする鍵盤の音色のみで構成された、アルバム中で最も短い1分半足らずの楽曲。実はこうした、一聴しただけだとインタールードとも取れる楽曲にこそ、CMや映画音楽を主戦場としてきた職業作家たる彼の真骨頂が現れているのではないか。実際、前曲で印象的に響いていた鍵盤のリフレインを巧妙に踏襲しながら次曲で鳴らされるフレーズへの転換の役割を見事に果たしつつ、緊張感に溢れた単曲としても機能しているのには大いに舌を巻いてしまった。そして、アルバム後半の盛り上がりへといざなっていく。 *藤堂てるいえ
9. Conscious Edge(feat. 神田智子, ESME MORI)
ここまでの流れをたしかに受け、軽快なピアノがイントロを奏でると、そこに祝祭ムードに溢れながらも摩訶不思議な魅力を放つヴォーカルが加わり、満を辞してベースラインが入り込んでくるときの興奮たるや……。アイヌ古式舞踊〈鶴の舞〉の歌をモチーフに制作した曲で、起用した神田智子の透明感ある歌唱を中心に据え、それでいて強靭なダンス・ビートに仕立てたアレンジャーのESME MORIの手腕も随所に光っている。ストレートなダンス・トラックはアルバム中この曲のみで、盛り上がりのピークを迎えると、終盤は美しいパートが続く。 *藤堂てるいえ


10. Wilted
聴覚空間をぼんやりと覆うクラックル・ノイズを破るかのように、往年のハリウッド映画音楽さながら甘くゴージャスなストリングスと軽やかなピアノのフレーズが押し寄せてくる。だがノイズは霧消することなく、基調として残り続ける。そんなノイズ越しに響く甘美な音楽に耳を傾けていると、それはとうの昔に失われてしまった楽園のBGMであるかのように感じられてくる。同じくクラックル・ノイズの使い手であるブリアルがレイヴの亡霊に憑かれているのだとすれば、yuma yamaguchiは楽園の亡霊に憑かれているのかもしれない。 *鈴木英之介
11. Circular Path
高音域のピアノ・フレーズによるミニマルな反復が中心の多重録音作品で、コラージュのような逆再生音が横切り、あるいはストリングスが寄り添うことで、まるで映画のように情景喚起的に響く。ミニマルだが本盤の他の楽曲で聴かれるスティーヴ・ライヒ的なストリングスの使用はなされておらず、むしろテクノのようなミニマルさというか、ハウス・ミュージックがキャリアの出発点にあるyuma yamaguchiのグルーヴィーな感性が、機械的なピアノの反復による装飾音として脱グルーヴ化を遂げたということのようにも思う。 *細田成嗣
12. 破く(feat. ラヌ)
軽やかで素早いタッチのピアノ・フレーズの反復にストリングスとコントラバスが色を添えていく。正確な運指でスピーディーに弾かれるピアノの粒立つ響きが印象的だ。中盤でコーラスが挿入されると、yuma yamaguchiがSNSを通じて見つけたという19歳のゲスト・ヴォーカリスト、ラヌによる歌が披露される。特徴的なウィスパー・ヴォイスは歌詞を言葉というよりも音の響きとして聴かせ、日本語をまるで異言語のように変貌させながら声のきめ細やかな表情を前面に出し、だがしかし、急速に伴奏が消えゆくその瞬間に〈……その姿は〉と息を漏らしつつ明瞭に言葉が出現する展開が鳥肌ものだった。 *細田成嗣

13. Beautiful Wasted Melody(feat. ラブリーサマーちゃん)
アルバムのラストを飾る曲でメインを務めるのは、ラブリーサマーちゃん。この起用は彼女自身の新たな表情を引き出すことにも成功しており、彼女もハスキーで色気のあるヴォーカルで応えている。そして、ストーリーの大団円を演出するジャジーで賑やかなホーン・セクションで幕を閉じていくという展開も完璧。これだけ様々な楽曲を揃えていながらアルバム尺は40分強と、さらりと聴けてしまうのも魅力で、入念に練られた構成からは〈アーティストではない〉としながらも強烈なプロ意識を感じとることができる。 *藤堂てるいえ




