ケニー・ビーツがパーソナルな目線で作り上げたソロ作『LOUIE』に迫る
人それぞれの表現があるのは大前提として、ヒップホップ・フィールド中心に活躍するプロデューサー/ビートメイカーの〈ソロ・アルバム〉というものは、だいたいいくつかのパターンに大別できる。多くのゲストMCやシンガーをビートごとの主役に迎えたリーダー・アルバム的なもの、いわゆるビートテープ的なもの、あるいは自身が前面に出ることで結果的に出役へのキャリアチェンジを促す例もある(カニエもスウィズ・ビーツもその一例だろう)。そんなところに届いたのがこのたび日本盤がリリースされたケニー・ビーツの『LOUIE』である。リコ・ナスティやデンゼル・カリーらとの連名作こそあれ、これは彼にとって初めてのソロ・アルバムだ。
もともと『LOUIE』は2022年の8月にリリースされ、今年に入ってフィジカル化されたもの。その成り立ちは癌を患った父親にクリスマスに聴かせるためにケニーが作った作品だということで、2021年の12月初頭からスタジオで作りはじめ、結果的には1か月かからずに完成したのだそう。そんな背景を知れば、LOUIE=ルイというのが父親の名前なのかと思ってしまうところだが、これは父親が幼少時のケニーをルイと呼んでいたのだそう(ルーという友人に似ているから、らしい……)。つまり、ケニーにとっての本作は単に父へ捧げる楽曲集ということではなく、みずからの幼少期の記憶や感情を呼び起こすタイムマシーンにもなっているということだ。
そんなパーソナルな作品だからか、スタジオを訪れた多くの仕事仲間たちの助力を得ながらも、いわゆるゲストたちがスポットを浴びる類のパフォーマンスは皆無。ヴィンス・ステイプルズやピンク・シーフをはじめ、スロウタイやジェイペグマフィア、レミ・ウルフ、ベニー・シングスらが歌や言葉を寄せ、マック・デマルコやコリー・ヘンリーらミュージシャン勢にも演奏フレーズの素材を提供してもらって、それらのパーツを組み合わせる格好で制作を進めていったようだ。
それゆえに作風もいつものケニーとはやや異なっている。基本的なところではストレートに時流に沿ったトラップ系統のビートメイクか、デンゼル・カリーらと聴かせてきたタイプのストロングなブーンバップも持ち味の一つだろう。ただ、今回はラッパーのバックを盛り上げるためのトラックメイクではないわけで、そうなったときに立ち現れてきているように思える個性が、複数の楽器を操るマルチ・ミュージシャン的な目線からのビート構築である。70年代のソウル/ファンクからのサンプリングを中心にマイルドな環境を整えながら感情表現を音に託すタイプの小品集といった仕上がりは、DJシャドウやマッドリブ、そして後期J・ディラのような面々にも通じる手捌きと言えるのかもしれない。
なかでも耳を引くのは、シルヴァーズ兄弟の末弟キッズ・シンガーであるフォスター・シルヴァーズの“Misdemeanor”(1973年)という大ネタを独自の手つきで切り出した“Drop 10”だろうか。そんなわかりやすさも挿入しつつ、アルバムのトータルな仕上がりは想像以上にソウルフルなものだ。リスニング・ユースで感情豊かな聴き心地というのはやはり特殊な成り立ちがあってこその産物だろうし、ケニーがこうしたソロ作を継続的に作っていくとは考えづらい。ただ、自身のビートの雄弁さを改めて思い知ったケニーが、この経験を今後にどう活かしていくのかに注目しておきたい。
関連盤を紹介。
左から、ケニー・ビーツ&デンゼル・カリーの2020年作『Unlocked』(Loma Vista)、マック・デマルコの2023年作『Five Easy Hot Dogs』(Mac's Record Label)、フォスター・シルヴァーズの73年作『Foster Sylvers』(Pride)