信頼すべきクリエイションを追求する全身アーティストがニンジャ・チューンに移籍! DJコーツェ全面プロデュースのヒット・パレードからはどんな音が鳴り響いてくる?
アイルランド出身のロイシン・マーフィーは、長年イギリスの音楽シーンで活躍してきたアーティストだ。94年にマーク・ブライドンと結成したモロコというユニットの一員として、“The Time Is Now”や“Familiar Feeling”といったヒット曲を生み出した。モロコはトリップ・ホップ、ダウンテンポ、アシッド・ジャズなどの要素が顕著なポップソングで一世を風靡したが、2004年に解散してしまった。
モロコ解散後、マーフィーはすぐさまソロ活動を始めた。2005年のソロ・デビュー・アルバム『Ruby Blue』ではマシュー・ハーバートと共作し、グリッチやジャズの要素が漂うサウンドを鳴らしている。その後も『Overpowered』(2007年)、『Hairless Toys』(2015年)、『Take Her Up To Monto』(2016年)、『Róisín Machine』(2020年)とコンスタントにアルバムを発表しながら、多彩なサウンドを纏うアーティストとして存在感を放ってきた。ライヴハウスとダンスフロアを跨ぐクロスオーヴァーな感性は、いまの視点で聴いてもモダンに映るはずだ。だからこそ、『Róisín Machine』では全英アルバム・チャート14位という自己最高の記録を出し、Pitchforkをはじめとした多くのメディアがその年のベスト・アルバム・リストにランクインさせたのではないか。もうすぐ30年という音楽活動において、いまもなお変化と成長を続けるバイタリティーは、文字通り驚異的だ。
そんなマーフィーの最新アルバムは『Hit Parade』と名付けられた。ニンジャ・チューンからリリースされる本作は、DJコーツェをプロデューサーに迎えている。サウンドはこれまで以上にカラフルで、いろんな表情を楽しめる。ファットなキックを刻むヒップホップが聴こえる瞬間もあれば、ソウルやディスコのエッセンスが濃厚な肉感的グルーヴを創出するときもある。経験とスキルに裏打ちされたソングライティングの質は高く、それでいて変化を恐れない創作力と好奇心も漲っている。これらの要素はほのかにサイケデリックかつドリーミーなサウンドという包装紙で包まれ、その音に触れたリスナーの耳は心地良く蕩ける。こうしたプロダクションは、『Amygdala』(2013年)や『Knock Knock』(2018年)といったDJコーツェのアルバム、ひいては彼が設立したパンパの作品群を彷彿させる。
本作は歌詞もおもしろい。マーフィーのパーソナルな側面がうかがえる言葉はオープンな姿勢を強調し、白昼夢みたいな世界観を築いている。強いて言うなら、JG・バラードのシュールな文体に近い。そこには、さまざまな辛辣さや抑圧が蔓延る現実世界からの逸脱という側面を持つクラブ・カルチャーの感性もあり、ダンスフロアでマーフィーの音楽が支持されてきた理由の一端を楽しめる。
『Hit Parade』は、〈安定〉から程遠いアルバムと言っていい。年齢を重ね、ヴェテランと呼ばれる域に入ると、ほとんどのアーティストは従来のファン層を維持するための保身に走りがちだ。しかし、マーフィーにはそれが当てはまらない。流行りに媚びず、みずからが求める音楽を表現することに忠実なクリエイティヴィティーは、いまもなお刺激的でエネルギッシュだ。ポップ・ミュージックは、はっきりとした様式や定義を持たないがゆえに、自由で多くの実験を行えるフィールドだが、そういう意味で本作のサウンドはまぎれもなくポップ・ミュージックと断言できる。
左から、ロイシン・マーフィーの2015年作『Hairless Toys』、2016年作『Take Her Up To Monto!』(共にPIAS)、2020年作『Róisín Machine』(Skint)、DJコーツェの2018年作『Knock Knock』(Pampa)