天野龍太郎「Mikiki編集部の田中と天野が海外シーンで発表された楽曲から必聴の5曲を紹介する週刊連載〈Pop Style Now〉。世間はグラミー賞のノミネーション発表に沸いていますが、それは来週に持ち越すとして、〈カニエ通信〉の時間です。アルバム『Jesus Is King』に収録されている“Follow God”のビデオが公開され、そこにお父さんのレイ・ウェストが出演。さらに、新バビロニアの王ネブカドネザル2世を題材としたオペラ『Nebuchadnezzar』を上演すると発表しました」
田中亮太「ニック・ナイトが作ったゴージャスなアートワークがあるのですが、実はその像はアケメネス朝の王ダレイオス1世だった、というオチもついています……」
天野「その詰めの甘さがカニエなんです、たぶん! アルバムはもちろん、映画にオペラにと、一時の沈黙が嘘だったかのように創作意欲を見せつけているのが頼もしいですね。〈お騒がせな人〉という注目のされ方よりも、こういったアーティストとしての話題を聞けるのが、いちばんうれしいです」
田中「まあ、僕はそこまでカニエの一挙手一投足に興味はありませんが……(笑)。それでは、今週のプレイリストと〈Song Of The Week〉から!」
1. Moses Sumney “Virile”
Song Of The Week
天野「〈SOTW〉はモーゼス・サムニーの“Virile”です! 2018年のEP『Black In Deep Red, 2014』以来、1年3か月ぶりの新曲。EPは大傑作だと思っていたので、彼の帰還はうれしいかぎりです」
田中「モーゼス・サムニーは米LAのシンガー・ソングライター。ボン・イヴェールが作品を出していることで知られるレーベル、ジャグジャグウォーからリリースしたデビュー・アルバム『Aromanticism』(2017年)で一躍その名を知らしめた新鋭で、インディー・ロックのファンはここ数年、注目していた音楽家だと思います。2018年の10月に品川グロリアチャペルで行われた来日公演も即完でした」
天野「アルバムを出す前からベックやダーティ・プロジェクターズ、スフィアン・スティーヴンスといったアーティストからフックアップされていて、期待の若手って感じがしていましたね。今年は『Aromanticism』はヴォーカルの繊細で厳かな多重録音やギター、ビートレスで静謐なプロダクションが中心でしたが、EP『Black In Deep Red, 2014』では超パワフルなバンド・アレンジが聴きどころだったんです。アフロ・アメリカンとしての政治的なメッセージも込みで、〈怒り〉を強く感じた作品でした。で、この“Virile”はEPの発展型だと感じています。ハープ、重厚なピアノ、ストリングス、ヘヴィーなベースとドラムスとパーカッション、アグレッシヴなギター……本当に強烈です。静と動のコントラストが効いた爆発力に圧倒されます。あと、ホーン・アレンジがスフィアンっぽくて、なるほどなあと納得もして」
田中「なによりも、ファルセットを駆使したサムニーの官能的で力強い歌声がど真ん中にあって、ぶっとばされますよね。曲名の〈virile〉とは〈男らしい、生殖能力が高い〉という意味の形容詞。〈toxic masculinity(有害な男性性)〉の問題点が指摘されるフェミニズムの時代において、かなり深い意味を持つように感じます。〈男性性が消えゆく〉〈男らしさを上げていくんだ〉〈私たちは自分たちの監獄を選んだ〉といった歌詞は、とても示唆的ですね。ボン・イヴェールの『i,i』に参加したとも話題でしたし、2020年の2月と5月にリリースされるというダブル・アルバム『græ』、かなり楽しみな作品です」
2. Dogleg “Fox”
天野「2位はドッグレッグの“Fox”。彼らは米ミシガン州出身のパンク・バンドです。エモ系の老舗レーベルであるトリプル・クラウンからファースト・アルバム『Melee』を2020年にリリースすることも発表しました。この曲は同作からのリード・ソングです!」
田中「ラウドなギター・サウンドと豪快なドラム、アンセミックなメロディーと熱いシャウトのヴォーカル。イントロから上がらずにはいられない〈ザ・パンク・ソング〉ですね。大学の教室みたいなスペースでのライヴを撮影したミュージック・ビデオを観てると、無意識にヘドバンしちゃいますよ」
天野「最近、やけにノリノリで身体を動かしながら仕事してますよね。隣にいると気が散っちゃって仕方ないんで、やめてもらえますか? でも、この曲は確かにめちゃくちゃかっこよくて、拳を突き上げたくなる! 感情がそのまま口から飛び出しちゃっているかのような叫びには特別なものを感じますし、地の声で歌うパートはちょっと切なくて、ダイナソー・Jr.のJ・マスキスみたい。あと、とにかくメロディーが魅力的がいいんですよね。Pitchforkが〈Best New Track〉に選んでいましたし、注目度も高くて。タイタス・アンドロニカスのように成長していきそう。正直、メロウでチルい音楽には飽き飽きなので、彼らみたいなバンドにこそ、いまは心が惹かれています」
田中「最高です。この連載で紹介したPUPに肩を並べていきそうなパンク・シーンの新星なんじゃないでしょうか。日本でも一気に支持を集めていきそうですね。早めの初来日も期待しちゃいます」
3. Billie Eilish “everything i wanted”
天野「続いて、3位はグラミー賞へのノミネートも話題のビリー・アイリッシュによる“everything i wanted”。2019年の〈顔〉と言うべきポップ・アイコンによる待望の新曲です。初作『WHEN WE ALL FALL ASLEEP, WHERE DO WE GO?』の楽曲、特に“bad guy”は〈この曲を聴かない日はない〉ってくらい、あちこちでかかりまくっています」
田中「耳タコですよ。そんなわけで、〈ついにビリーの新しい曲が聴けるぞー!〉と盛り上がっていたのですが、意外にもすごく穏やかでメランコリックな楽曲を出してきましたね。2000年代前後のエレクトロニカを思い出させるドリーミーなサウンドで、すごく柔らかな音色のキックが印象的です」
天野「あの、〈耳タコ〉って言葉の使い方、合っていますか? 音楽的には、ちょっと保守的かなって思いました。リリックはかなり物悲しくて、夢を叶え、すべてを手に入れた彼女の偽らざる気持ちがストレートに綴られています。〈もしすべてを知っていたのなら、また同じことを繰り返すだろうか〉というフレーズがかなり痛切ですね」
田中「これまでも共作してきたプロデューサーにして、彼女のお兄さんでもあるフィニアスとの関係性について歌っているようにも聴こえます。『WHEN WE ALL FALL ASLEEP, WHERE DO WE GO?』以降のモードがこれだ!と断言することはまだできませんが、すごくパーソナルな楽曲のように思います」
4. Ms. Lauryn Hill “Guarding The Gates”
天野「第4位です。なぜかここ数年は〈ミス・ローリン・ヒル〉の名前で活動しているローリン・ヒルの新曲“Guarding The Gates”。彼女については説明不要かと思いますが、90年代にフージーズというグループで活躍していたラッパー/シンガーで、唯一のソロ・アルバム『The Miseducation Of Lauryn Hill』(98年)は時代を超えて聴き続けられているクラシック。僕も折に触れて聴き返しています」
田中「そんなローリン・ヒル、ライヴはやっていますけど、本当に寡作な人なので、9月に〈PSN〉でご紹介したプシャ・Tとの“Coming Home”も話題になりました。ソロの新曲としては2013年の“Neurotic Society (Compulsory Mix)”“Consumerism”以来、なんと6年ぶり。まさに超待望と言えそうですね。この“Guarding The Gates”はライヴで何度も演奏されていた曲だそうで、ラップ・ソングだった2013年の2曲とちがって、ソウル・ナンバーです」
天野「でも、普通のソウルかっていったら、やっぱりそんなことなくて。独特のサイケデリックで奥行きを感じさせる音像がものすごいです。ジャズ、ゴスペル系のドラムや地を這うようなベース、背景に溶け込んだようなクワイア風のコーラスも超然としていて、やっぱりこの人、とんでもないなと思いました。〈society(社会)〉や〈anxiety(不安)〉に祈りを捧げるような詞にも注目。あと、この曲が収録されている『Queen & Slim: The Soundtrack』は最高なので、ぜひ聴いてみてください」
田中「アメリカで今月末に公開される予定の映画『Queen & Slim』のサウンドトラックなんですね。ブラッド・オレンジやジ・インターネットのシド、リル・ベイビーといったヒップホップ/R&B系の気鋭アーティストが多数参加。リストを眺めているだけでも、すごさが伝わってきます。聴いてみますね!」
5. Róisín Murphy “Narcissus”
天野「今週最後の一曲はロイシン・マーフィーの“Narcissus”。アイルランド出身、元モロコのメンバーで、マシュー・ハーバートやDJコーツェとのコラボレーションでも知られるUKダンス・ポップのディーバです。この曲は亮太さんの推し曲ですが、本当に4つ打ちが好きですよね(苦笑)。わかりやすい!」
田中「はい(汗)。でも、4つ打ちならなんでもいいわけじゃないですよ! セクシーでグルーヴィー、クラブでスピンされたときにちゃんと踊れるものが好きなんです。その点、この“Narcissus”は最高。BPM120前後のビートに太いベースライン、そして軽快なカッティング・ギターを品よくまとめあげた、傑作ディスコ・ハウス・チューンです」
天野「フィリー風のストリングスも華やかですよね。まあ、僕もこういう曲は大好きですが(笑)。プロデュースは、80年代から活動する英シェフィールドの大ヴェテラン、クルキッド・マン/DJパロットの名義でもおなじみのリチャード・バラット(Richard Barratt)が手掛けています」
田中「タイトルの〈Narcissus(ナルキッソス)〉とは、湖面に映った自分の顔に見とれて動けなくなったあげく餓死したというエピソードで有名なギリシア神話の登場人物ですね。この曲は〈私に恋しなさい、ナツキッソス〉と繰り返される歌詞も官能的。聴いているとクラブに行きたくなりますねぇ。制作陣を含め、UKダンス・カルチャーの血脈を感じさせる一曲ということで、プッシュしました!」