多彩なカルチャーを横断して独特のエモーショナルな表現に昇華してきたユール。ニンジャ発の新作でもひとつひとつの傷跡が鮮やかな光を放っている!
「このアルバムの曲を作る時、自分のトラウマになった出来事や人生を変えるような出来事を書き残していた〈Scar And Truth(傷跡と真実)〉という詩から歌詞を抽出していった。〈傷〉というものにすごくこだわりがあって、それを曲や詞として表現することは時にはヒーリングの手段であったり、メタファーであったり、いろいろな形を取っているんだけどね。特に、癒えたばかりの傷跡はまだ柔らかくて、赤く生々しくて、それが時間の経過とともに古傷となっていく。だから、このアルバムを『softscars』と呼ぶことが自分にとって理に適っていると思ったんだよね。このアルバムの曲はどれも、自分が闘いのなかで負った生傷をテーマにしているから」。
シンガポール出身で現在はLAを拠点に活動しているナット・チミエルのプロジェクト、ユール。幻想的なポップサウンドやロンドンで学んだファッション感覚、人間関係にまつわる苦悩やノンバイナリーとしての葛藤を投影した歌詞などを持ち前のセンスでミックスした独自のアーティスト性も熱烈な支持を集めている。「ファイナルファンタジー」のキャラに由来する名前が示唆するように日本のカルチャーへの愛でも知られ、インタヴューなどでは戸川純やBABYMETAL、きゃりーぱみゅぱみゅ、森山大道や荒木経惟、沢尻エリカ、岩井俊二らの名も挙がってくる。アーバンギャルドの楽曲をリミックスしたり、前作『Glitch Princess』(2022年)にラッパーのTohjiを迎えていたのも話題だったが、それから1年で早くも届いた今回のサード・アルバム『softscars』はニンジャ・チューンからのリリースとなった。
「最初の2枚は曲作りからヴォーカル、プロデュースまで自分ひとりで手掛けていたのが今回のアルバムとの大きな相違だけど、当時はロクな機材を持っていなかったから、自分でレコーディングしたギターの音色に満足がいってなくて。『Glitch Princess』は共同プロデューサーのダニーL・ハールからインスピレーションを得た作品でもあるけど、基本はすべて一人でデジタルで作ったと言っても過言ではないかな。対して、『softscars』は自分自身を重ね合わせることができると感じた2000年代のギター・ミュージックにとても大きな影響を受けて生まれたんだ」。
その『softscars』をサポートしたのは、いずれも前作に参加していたキン・レオン(シンガポール出身のアンビエント・ミュージシャン)とムラ・マサだ。
「ムラ・マサは曲の要素を削ぎ落として最終形にしていくスタイルのプロデューサーで、ほんのわずかなものからたくさんのものを創造するタイプなんだ。自分はそれと真逆で、ありとあらゆる要素を全部ブチ込んでシンプルなものを創造している。彼はソフトウェアを自分のやり方で機能するように使うけど、自分はソフトウェアに逆らうように作業する。だから、全然違う考え方の人と一緒にやってみたくて、何曲かお願いした」。
さらにヤングブラッドやイヴ・トゥモアらを手掛けるクリス・グレアッティも関わり、その点で彼が手掛けてきたポピーやスレイターらを連想する人もいるかもしれない。「ヘッドフォンの中でギターが爆音で鳴り響くようなサウンドが作りたかったのかも」と話すドリーミーなシューゲイズの轟音とサイファイな音像、無垢で繊細なヴォーカルの融合はマイブラやスロウダイヴ的でもあり、あるいはスレイ・ベルズのようでもある。そんななかにあって、岩井俊二の映画「花とアリス」のサントラから選んだ“fish in the pool”のカヴァーも印象的な聴きどころだ。
さまざまな種類の傷跡を真摯でエモーショナルな表現へと昇華し、浄らかにポジティヴな雰囲気で作品全体を包んでみせた今回のユール。奇抜なイメージに終始しない傑作の誕生だ。
左から、ユールの2019年作『Serotonin II』、2022年作『Glitch Princess』(共にBayonet)、アーバンギャルドの2021年作『TOKYOPOP 2』(前衛都市)、ムラ・マサの2022年作『Demon Time』(Polydor)、キン・レオンの2018年作『Commune』(Kitchen. Label)