©Qiao Meng

二度見必至のジャケット……だが、そこに必然性がある。幼少期のトラウマと対峙し、裸の自分を受け入れる――そんな歩みが綴られた、感動的なギター・ポップ作の誕生だ。

 サーフ・ポップと80年代ポスト・パンク期のネオアコを重ねたサウンドをトレードマークに登場し、2010年代序盤のインディー・シーンのなかで、注目を集めたドラムス。その後は、ジョナサン・ピアース以外のメンバーが脱退していき、2017年の4作目『Abysmal Thoughts』から1人体制に。とはいえ、当時のインタヴューで〈もともとドラムスの95%は僕がベッドルームで制作していた〉と語っているように、バンド時代からソロ・プロジェクトの趣は強かったようだ。

 それでは、2017年以降に何が変わったのかというと、ジョナサンが臆することなく、彼自身を表現するようになったことだろう。『Abysmal Thoughts』では、彼の抱えていた悲しみや喪失感が、グルーミーなサウンドを背景に歌われている。また、同作のアートワーク――ジョナサンの靴の匂いを嗅ぎながら股間を触る彼のボーイフレンドの姿――は、ジョナサン自身の性的なフェティシズムを直接的に反映したものだそうだ。

 ヤー・ヤー・ヤーズやTVオン・ザ・レディオなどの作品で知られるクリス・コーディをプロデューサーに迎えた2019年作『Brutalism』は、ややファットになった音作りが特徴。キャッチーな“Body Chemistry”など打ち込みのビートやシンセを配したエレクトロ・ポップ調の楽曲が目立つが、ドラムスでデビューする以前のジョナサンは電子音楽への関心が強く、こちらの作品もみずからの原点に立ち返るという側面が強かったという。

THE DRUMS 『Jonny』 Anti-(2023)

 このたびリリースされたニュー・アルバム『Jonny』は、タイトル、さらに素っ裸の彼を写したアートワークからもわかるように、かつてないほどに内面を剥き出しにした作品だ。先行シングルのジャケットもすべて、全裸の彼の写真だったが、いずれも同じ家で撮られたもの。それは、カルト教団の教祖だった父親と、ほとんど愛や関心を示してくれなかった母親のもとで、抑圧的かつ孤独な子ども時代を、彼が過ごした実家なのである。つまり、本作はジョナサンが幼少期のトラウマを直視し、その克服へと挑んだアルバムなのだ。

 前作から4年ぶりと、ややスパンは長い。それにはリハビリの過程で、音楽の作り方が変わっていったことも関係している。これまでは〈PCの前で2分も座っていると曲が出来ていた〉そうだが、今回は〈音楽を作らければいけない〉という強迫観念から解放され、自分の心に従いながら、無理のないペースで作業を進めていった。

 それゆえ、本作に収録された16曲は多彩ながらも、それぞれ丹念で緻密にアレンジされている。“I Want It All”や“Better”といった〈これぞドラムス印〉といったポップなコーラスを持つ楽曲も、音作りの面で耳に残るフックを設けられている。スペイシーなアンビエント“Little Jonny”、ストリングスを模したシンセが荘厳な“Protect Him Always”など新たな側面を感じさせる楽曲のなかで、とりわけ驚かされたのが10曲目の“Dying”。ラッパーのリコ・ナスティを迎えたこの曲は、カットアップされた声ネタや変則的なビートはヴェイパーウェイヴ的なニュアンスを醸しつつ、ジョナサンとリコのデュエットが実にエモーショナル。彼がフェイヴァリットに挙げるビョークやエイフェックス・ツインを彷彿とさせる、先鋭さを宿したエレクトロニック・ポップの名曲だ。

 歌詞は率直である。保育器にいた出生直後を想像する“Isolette”、いまだ消えない怯えを歌った“I’m Still Scared”などで、ジョナサンは少年時代をまっすぐに見つめている。そして、愛を受けられない子どもへと向けた“Harms”、 涙を流している少年の姿が頭に浮かぶ“Little Jonny”や“Protect Him Always”では、 かつての自分に〈君の傍にいるよ〉と伝える。そうしたトラウマとの対峙を経て、〈昔の僕は死にたかった/ でも今は死にたくない!〉と歌う最終曲“I Used To Want To Die”は本当に感動的だ。

 このアルバムの制作を通じて、ジョナサンは自身の闇さえも愛せるようになったのだろう。そんな彼の歩みを刻んだ『Jonny』を聴くことで、自身の傷がいくばくか癒えていく感覚を覚えるリスナーも、きっと少なくないはずだ。

左から、ドラムスの2017年作『Abysmal Thoughts』、同2019年作『Brutalism』(共にAnti-)、リコ・ナスティの2022年作『Las Ruinas』(Atlantic)