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音楽はまだ完成していない

 そして、レプリカを重ねながらオリジナリティーを生み出すことに自覚的な本作は、“1リッター分の愛をこめて”や“NEO JAPAN”のようなオルタナティヴなラップ・ナンバーを収録しつつ、多彩なロックのレプリカを図鑑のようにまとめた作品でもある。

 「ニルヴァーナ、オアシス、ブラー、もっと時代を遡って、YMO、はっぴいえんど、デヴィッド・ボウイ、ビートルズ……そうやって90年代、80年代、70年代、60年代の音楽を聴いたとき、いま欲しいものがここにはあるなと思ったんです。ただ、昔の音楽を真似すると、〈音質が~〉とか〈アナログのこのギター・サウンドが~〉といった話になりがちじゃないですか。でも、そうじゃなく、曲そのものが持っているソウル、当時の時代背景から生まれるメロディー構成や歌い方、そういう〈本当にこれでいいのか〉と悩みながら生み出されたものこそが大事なんだなって。今回、それを現代に置き換えるべく、いまの時代といま僕が歌うべきことを合わせて変換する作業が本当に難しかったです」。

 ゆらゆら帝国とギター・ファンクが出会ったような“美電球”や乾いた倦怠感、そのささくれ立った響きがニルヴァーナを彷彿とさせる“カーニバル”、ギターのスクラッチ・ノイズが一瞬にしてレディオヘッドと繋がる“呼吸のように”など、サウンドはVaundyの豊かなロックのバックグラウンドを強く意識させるが、そこに破格の説得力をもたらしているのは、楽曲によってがらりと表情を変える彼のヴォーカル、その真に迫った響きだ。

 「ビートルズやデヴィッド・ボウイ……新しい表現を切り拓いた人たちは、極端に言ってしまえば、おもしろくないこともおもしろく感じさせる力、説得力を持っていた最強の魔術師なんですよね。〈これは毒だけど、この毒にはこういう酸味があって美味しいのさ。だから僕は飲んで旅に出ることにするよ〉と彼らが言えば、〈あ、毒を飲んでこの人は死んで、死んだ先を見たいんだな〉ということが想像できたりするじゃないですか。そういうアンリアルを僕らに見せて、しかも、説得力があるところが最高にカッコいいし、アーティストとはそういうもの。それがおもしろいと思うんですよね。でも、いまはそういう説得力が失われてしまった。〈電車から見えるいつもの日常を君と生きていきたい〉とそのまま歌ってもおもしろくない。電車から見えるのは、いつもの日常ではなくて、外を見ているつもりが実はガラスに映っている自分だったとか、車窓の先にはいつも暗い何かがあって、その果てに自分に足りないものが見えていたとか、そういうことでもいいし、そうやって僕らが歌詞において創造性を発信することで、聴き手それぞれが考え、想像してアートを楽しんでほしい。そして十人十色の回答が生まれるといいなって。今回の歌詞はそういう表現を突き詰めていきました」。

 言葉にならないシャウトが突き抜けるスタジアム・ロック調の“ZERO”からデヴィッド・ボウイの69年の楽曲“Space Oddity”に呼応して、現代のレプリカ・アートを肯定するアルバム・タイトル曲“replica”まで、サウンドと一体になった歌詞が聴き手の想像力を刺激し、アルバムの表現世界をどこまでも拡張していく。

 「〈ポップスに新しい味が欲しい〉と自分の中で問題提起した結果、生まれたのがこの『replica』なんです。でも、このアルバムはまだ途中経過の作品であることは間違いないというか、自分のなかではまだ音楽は全然完成してないんですよ。完成するのは、音楽を辞めるときか、死ぬときのどちらかなんでしょうね」。

Vaundyの2022年のEP『裸の勇者』(SDR/ソニー)

コリー・ウォンの近作と近年の参加作を一部紹介。
左から、コリー・ウォンの2023年作『The Lucky One』(Diggers Factory)、ジョン・バティステの2021年作『We Are』(Verve)、MF・ロボッツの2021年作『Break The Wall』(BBE)

左から、ブラーの94年作『Park Life』(Food)、YMOの79年作『ソリッド・ステイト・サヴァイヴァー』(アルファ/ソニー)、デヴィッド・ボウイの71年作『Hunky Dory』(Philips/Parlophone)