
僕は現代のポップスをデザインしたい――問題提起を経たうえで、常に解答を示してきた若きクリエイターが待望の新作『replica』に注入した、〈複製品〉にこそ宿るソウルとは?
チャレンジはどう理解されるかが大事
2019年、何の予兆もなく、突然の瞬きそのものである“東京フラッシュ”と共に音楽の新しい宇宙を生み出したVaundy。当時、19歳の現役大学生であった彼は、作詞、作曲、アレンジすべてをみずからこなし、デザインから映像のディレクションまで、セルフ・プロデュースを手掛けるマルチ・アーティストとして本格的に活動を開始。自身によるラップを織り込んだ“不可幸力”や突き抜けるようなポップセンスを発揮した“怪獣の花唄”をはじめ、曲ごとに様相を大きく変えながら発表したシングル群と、それらに続いたファースト・アルバム『strobo』(2020年)によって、令和を象徴しているかのような変幻自在のポップセンスを体現するアーティストとなった。
「需要と供給を満たすために行われ、お金が発生するすべてのモノ作りは〈デザイン〉だと僕は考えています。デザインには、理解、分解、再構築という3段階があって、その過程で問題提起がある。そして提起された問題を解決するのがその役割です。例えば、いま目の前にあるペットボトルも、消費者の平均身長が伸びたとか、味の感じ方が変わったとか、時代ごとの変化に応じたさまざまな問題提起を経て、いまの形になっている。それと同じで音楽もデザインと捉え、問題提起を経て、表現しているつもりです」。
デザイン的思考から生み出された楽曲は、時代と見事に合致し、アルバム『strobo』以降、次々とリリースされた配信シングルはヒットにヒットを重ねた。そして、2022年末に〈第73回NHK紅白歌合戦〉に初出場を果たすと、Vaundyの活動は第1期から第2期へと大きく動き出した。
「いまも自分は大人になったつもりはないんですけど、今年の春に大学を卒業したことで、強制的に大人にさせられたというか、自分が子どもでいさせてもらえた期間の終わり=第1期Vaundyの終わりでもあるのかなって。音楽家というのは、学生時代にどれぐらい経験を積んで、他人とどうコミュニケーションを取るのかで、仕事の行く先が決まると思っているんですけど、自分としては最低限やることはやったつもりですし、大学を卒業したことで、第2章が始まったんだなと感じていますね」。
Vaundyが新たな世界を切り拓くニュー・アルバム『replica』は、前作『strobo』以降、約3年半の期間にリリースを重ねてきた配信シングル“踊り子”や“CHAINSAW BLOOD”“トドメの一撃”といった全20曲を収録したDisc-2と、彼の現在のモードを色濃く投影した新曲中心の全15曲から成るDisc-1で構成。クリエイティヴなエネルギーが渦巻き、迸る楽曲群には、過去と現在を結び、未来に向かっていくVaundyの多面性が見て取れる。
「“踊り子”のようなループ構造の曲だとコード進行を変えて展開を付けがちですけど、コード進行を変えなくても展開は付けられるんですよ。それは僕が『strobo』の頃から実践してきたことでもあります。あと、いまのプレイリスト文化においては、売れている曲の音質に近づけようとミックスのアプローチも似たようなものになりがちだと思うんですけど、“踊り子”は〈この曲が認められるなら日本は変わるかもしれない〉と思いながら、他にはないミックス、音質にこだわりました。そして、この曲を受け入れてもらえたことで、自分のやったこと、これからやろうとしていることに対して背中を押してもらった気分というか、自分にとって、何かにチャレンジしたとき、みんながそれをどう理解するかが大事なんだなと思った。自分が進化していく過程で大切な曲になりましたね」。
ブリティッシュ・ロックへのシンパシーを感じさせる“そんなbitterな話”、ホーンやストリングスを交え、ドラマティックな展開をみせる“花占い”をはじめ、特大のヒット曲が並ぶDisc-2は、傑出したポップス・クリエイターである彼が現在の音楽シーンに対して新たな提案を続けてきた証でもある。
「僕はアニソンを手掛けたくて音楽家になった人間なんですけど、『チェンソーマン』は原作漫画自体が大好きだったので、“CHAINSAW BLOOD”は、AC/DCを念頭にしながら、〈誰にも負けない曲にしてやる〉と思って書きました。この曲は制作サイドからオファーされる前にこちらで勝手に作って、〈プロデューサーに渡しておいてください〉と逆オファーさせてもらった曲なんです。そして、“トドメの一撃”でギターを弾いてもらったコリー・ウォンは、現代の若手プレイヤーで最強の人だと思っていて、いつか一緒にやりたいと考えていた。ただ、そのタイミングは普通のシングル曲ではなく、アニソンのタイアップ曲がいいなって。そうすることで彼のことをより多くの日本のリスナーに知ってもらえるとも思ったんです。お任せでギターを入れてもらう形で、完成まで持っていってもらいました」。
複製の先に新しい何かが生まれる
そして、時代と共鳴し、圧倒的な支持を集めるVaundyがその先のヴィジョンを描き出すDisc-1は、コンセプチュアルなアイデアが幾重にも折り重なっている。
「もともと『replica』というのは、僕が大学の卒業制作で作った椅子の作品名でもあるんです。その椅子は〈ここに座って改めて音楽を聴いてみよう〉と、音楽に付加価値を与えるべく作ったもので、今年のホール・ツアーの会場でも展示しました。本当は音楽が聴けるように、椅子にCDプレイヤーを内蔵しようと思ったんですけど、それは実現できなかったので、その代わりにCDケースを制作して、そのCDケースが音楽に付加価値を与えるというコンセプトに落ち着きました」。
本作の特殊パッケージ/アートワークはそのCDケースがモチーフとなっているが、〈複製品〉を意味する『replica』はストリーミング全盛の時代において、実体のあるCD、複製芸術としての音楽の意味を問いかける。また、本作には、Adoに提供した“逆光”と“怪獣の花唄”のセルフ・カヴァーが〈- replica〉と付けられたうえで収録されているが、この2曲もオリジナル・ヴァージョンの〈レプリカ〉である。レプリカを偽物やコピー品として、ネガティヴなものとして捉える向きもあるかもしれないが、アートの世界における『replica』は〈公式に認められた模造品〉を意味する。
「そう、『replica』というのは悪い意味で使っている言葉ではないんです、ポップスの手法はすべてやり尽くされて、現代のポップスは過去の音楽のレプリカ、レプリカにレプリカを重ねながら組み合わせた音楽なんだということ。そのことに最初に気付いたとき、大きな落胆を感じたんですけど、いまはそこに未来を感じているんですよ。見方を変えれば、〈コピーやパクリと言われない説得力やオリジナリティーが問われている〉ということでもある。昨今の音楽は、参照する音楽が一世代前とか、その対象が近すぎたり、とりあえず形だけを真似たものが多かったりするじゃないですか。でも、音楽の歴史を紐解くと、さらに一世代前にはこういうレプリカがあって、その前の世代にはこういうレプリカがあるといった感じで、何層ものレイヤーがある。そうやってレプリカを上手く重ねることで、味に深みをどう出していくか、それが答えだと思うんです」。

音楽はまだ完成していない
そして、レプリカを重ねながらオリジナリティーを生み出すことに自覚的な本作は、“1リッター分の愛をこめて”や“NEO JAPAN”のようなオルタナティヴなラップ・ナンバーを収録しつつ、多彩なロックのレプリカを図鑑のようにまとめた作品でもある。
「ニルヴァーナ、オアシス、ブラー、もっと時代を遡って、YMO、はっぴいえんど、デヴィッド・ボウイ、ビートルズ……そうやって90年代、80年代、70年代、60年代の音楽を聴いたとき、いま欲しいものがここにはあるなと思ったんです。ただ、昔の音楽を真似すると、〈音質が~〉とか〈アナログのこのギター・サウンドが~〉といった話になりがちじゃないですか。でも、そうじゃなく、曲そのものが持っているソウル、当時の時代背景から生まれるメロディー構成や歌い方、そういう〈本当にこれでいいのか〉と悩みながら生み出されたものこそが大事なんだなって。今回、それを現代に置き換えるべく、いまの時代といま僕が歌うべきことを合わせて変換する作業が本当に難しかったです」。
ゆらゆら帝国とギター・ファンクが出会ったような“美電球”や乾いた倦怠感、そのささくれ立った響きがニルヴァーナを彷彿とさせる“カーニバル”、ギターのスクラッチ・ノイズが一瞬にしてレディオヘッドと繋がる“呼吸のように”など、サウンドはVaundyの豊かなロックのバックグラウンドを強く意識させるが、そこに破格の説得力をもたらしているのは、楽曲によってがらりと表情を変える彼のヴォーカル、その真に迫った響きだ。
「ビートルズやデヴィッド・ボウイ……新しい表現を切り拓いた人たちは、極端に言ってしまえば、おもしろくないこともおもしろく感じさせる力、説得力を持っていた最強の魔術師なんですよね。〈これは毒だけど、この毒にはこういう酸味があって美味しいのさ。だから僕は飲んで旅に出ることにするよ〉と彼らが言えば、〈あ、毒を飲んでこの人は死んで、死んだ先を見たいんだな〉ということが想像できたりするじゃないですか。そういうアンリアルを僕らに見せて、しかも、説得力があるところが最高にカッコいいし、アーティストとはそういうもの。それがおもしろいと思うんですよね。でも、いまはそういう説得力が失われてしまった。〈電車から見えるいつもの日常を君と生きていきたい〉とそのまま歌ってもおもしろくない。電車から見えるのは、いつもの日常ではなくて、外を見ているつもりが実はガラスに映っている自分だったとか、車窓の先にはいつも暗い何かがあって、その果てに自分に足りないものが見えていたとか、そういうことでもいいし、そうやって僕らが歌詞において創造性を発信することで、聴き手それぞれが考え、想像してアートを楽しんでほしい。そして十人十色の回答が生まれるといいなって。今回の歌詞はそういう表現を突き詰めていきました」。
言葉にならないシャウトが突き抜けるスタジアム・ロック調の“ZERO”からデヴィッド・ボウイの69年の楽曲“Space Oddity”に呼応して、現代のレプリカ・アートを肯定するアルバム・タイトル曲“replica”まで、サウンドと一体になった歌詞が聴き手の想像力を刺激し、アルバムの表現世界をどこまでも拡張していく。
「〈ポップスに新しい味が欲しい〉と自分の中で問題提起した結果、生まれたのがこの『replica』なんです。でも、このアルバムはまだ途中経過の作品であることは間違いないというか、自分のなかではまだ音楽は全然完成してないんですよ。完成するのは、音楽を辞めるときか、死ぬときのどちらかなんでしょうね」。
Vaundyの2022年のEP『裸の勇者』(SDR/ソニー)
コリー・ウォンの近作と近年の参加作を一部紹介。
左から、コリー・ウォンの2023年作『The Lucky One』(Diggers Factory)、ジョン・バティステの2021年作『We Are』(Verve)、MF・ロボッツの2021年作『Break The Wall』(BBE)
左から、ブラーの94年作『Park Life』(Food)、YMOの79年作『ソリッド・ステイト・サヴァイヴァー』(アルファ/ソニー)、デヴィッド・ボウイの71年作『Hunky Dory』(Philips/Parlophone)
『replica』に貢献した、才気溢れる職人たちを紹介!
ここでは、Disc-1を中心に『replica』で演奏しているプレイヤーたちを紹介しよう。以前よりVaundyの作品に貢献してきたTAIKING(ギター)、TAIHEI(ピアノ)というSuchmos組は、引き続き参加。“ZERO”や“カーニバル”などにヘヴィーかつドライヴィンなギターを添えるTAKINGは、Vaundyのロック像を体現する存在と言えるのでは。同バンドの故HSU(ベース)が、Disc-2の少なくない楽曲でプレイしていることは、やはり記しておきたい。なお、そのほかのギタリストとしては、今回セルフ・カヴァーされた“逆光”に、凛として時雨のTKが登板。彼らしい変態的な超絶プレイを炸裂させている。
また、2022年に開催された武道館でのワンマンライヴのメンバーだったhanna(ギター)、マーリン・ケリー(ベース)、BOBO(ドラムス)も多くの楽曲に貢献。とはいえ、3人が揃うのは“美電球”“怪獣の花唄”の2曲のみというのもおもしろい。ベーシストでは、ZAZEN BOYSの元メンバーであり、ソロ名義の吉田一郎不可触世界で活動する吉田一郎、マキシマム・ザ・ホルモンの上ちゃんが数曲で弾いている。
ストリングスには、millennium paradeの常田俊太郎を筆頭に、須原杏(共にヴァイオリン)、亀井友莉(ヴァイオリン/ヴィオラ)らが並ぶ。ちなみに〈ミレパ〉界隈では、MELRAW(サックス)や江﨑文武(キーボード)もDisc-2で参加しており、これら人脈による音は、いまや日本の現代ロックにおける本道だろう。Vaundy流ロック・アルバムと解釈もできそうな『replica』(の特にDisc-1)に、この国のロックの行く末を想うのも一興では。 *田中亮太
左から、TAIKINGの2022年作『TOWNCRAFT』、Suchmosの2019年作『THE ANYMAL』(共にF.C.L.S.)、TK from 凛として時雨の2020年作『彩脳』(ソニー)、吉田一郎不可触世界の2020年作『えぴせし』(PETASTEREO)、millennium paradeの2021年作『THE MILLENNIUM PARADE』(ARIOLA JAPAN)
持ち前の大衆性と徐々に顔を見せる作家性――Vaundyの歩みを辿る9作
シティ・ポップやローファイ・ビーツを求める時代の需要に応えつつ、ロックな“怪獣の花唄”などで作家性を提示した初アルバム。〈何も持っていないが、何でもできる〉という若者特有なフィーリングが広がる“life hack”は、この地点ならではの名曲だ。
超特急のヴォーカリストによるソロ・デビュー作。堂島孝平やShe Her Her Hersのタカハシらが持ち味を出しつつ、Vaundyはストリングスが爽快な“Sorrow”でポップセンスを発揮。みずからの楽曲ではあまり見せない路線ゆえ、貴重な存在の一曲では。

拠点をLAに移し、キャリア第2章の幕上げを告げた2枚組全19曲の大作だが、そのフィナーレを飾ったのはVaundyを迎えた“ASH”。ファットなドラムの鳴りが気持ち良すぎるエレクトロ・ポップだ。ヨルシカのn-bunaによる同曲のリミックスも収録。
Vaundyを招いたファンク・ポップ“地球儀”を収録している6作目。重厚かつ厳かなサウンドを得意としてきた主役が、この曲では、軽やかで朗らかな歌唱と共に新しい表情を見せている。こののち両者がコラボした“おもかげ”を引っ提げ、紅白で共演を果たした。
伸びやかな歌声を持つシンガーによる2作目。アンセミックなロックからダンス・ポップまで、川谷絵音やDURDNらが手掛ける多彩なサウンドを揃えた同作に、Vaundyは“くびったけ”を提供。歯切れのいいビート・パンクで、快活な魅力を引き出している。
2022年にVaundyが菅田に提供した“惑う糸”は、独特な湿り気のあるファンク・ポップで、主役特有の冷めた目線と秘めたる熱が同居している歌声にマッチ。まだ音盤としてはパッケージ化されていないが、こちらの作品でライヴ・パフォーマンスを観ることができる。
映画「ONE PIECE FILM RED」でウタの歌唱を担当したAdoが、ウタとしてアルバムを完成。“新時代”を手掛けた中田ヤスタカを筆頭に多くの音楽家が参加するなか、Vaundyはポスト・パンク調の“逆光”を作詞作曲。好相性を見せ、今年は“いばら”をコラボ。
前年リリースの初アルバムでの共作に、彼女たちも手応えを感じていたのだろう。この最新EPでもVaundyをフィーチャーした“rose”を収録。濃厚なグルーヴの渦巻くファンクから、バンド・アンサンブルのかっこよさが伝わってくる。
昨年に配信で発表されたトリビュート盤がこのたびCD化。My Hair is BadからBiSHまでエルレに思い入れのある7組のグッとくる好演が揃うなか、Vaundyは“Missing”に挑戦。構成や節回しは原曲に忠実ながら、鮮やかなストリングスを追加。エモい……!








