
金延幸子が語る、『み空』の生まれた背景とその普遍性
簡素なバッキングに凛とした歌声が泳ぎ、透明感に満ちたハーモニーが聴く者の心を静かに震わせる。日本のフォークの名盤は数あれど、『み空』(72年)ほど大々的な再評価に浴してきた作品は稀だ。渋谷系の時代の〈再発見〉に始まり、昨今では海外のリスナーからも熱く支持され、さらには、今年12月22日から公開されるヴィム・ヴェンダース監督の映画「PERFECT DAYS」で『み空』収録曲“青い魚”が起用されるなど、一流のクリエイターたちも惹き付けてやまない。
「ヴェンダースさんはもともと『み空』のファンだったらしくて、ご本人の希望で使われることになったんです。とても嬉しいし、英語の曲に混じって私の日本語の曲が流れるのがおもしろいですね。彼の映画を観ると、音楽への強いこだわりを感じます」。
金延自身が『み空』への再評価熱を感じるようになったのは、アメリカでの生活を始めてからずいぶん経った頃のことだという。
「ある日、シアトルに住んでいる友人から電話があって、〈学生たちが君のアルバムを探しているよ〉って教えてくれたんです。その後しばらく経って、2017年にライト・イン・ジ・アティックというレーベルから『Even A Tree Can Shed Tears』というコンピレーションが出て、私の“あなたから遠くへ”も収録されて。それがすごく評判になって、ニューヨーク・タイムズに取材されたり、ラジオ局のWFMUでインタヴューを受けたり、大きな反響がありました。NYでは素敵な会場でライヴもやって、たくさんの人が観に来てくれました。スティーヴ・ガンと会うことができたのも、そういう出来事があったからです。私にとって『み空』は、いろいろな人たちと繋いでくれる大切な存在なんです」。
制作当時の思い出も語ってもらった。
「〈絶対にレコードを作るぞ〉と意気込んでいたけど、当時のフォークって男性優位の世界だったでしょ。そのうえ、プロテスト・ソングが優先されてなかなか私には順番が回ってこなかった。でも、はっぴいえんどが出てきて空気が変わったのを覚えています。私も彼らの音楽が大好きになって、一緒にやりたいと思った。結局、アルバムの発表前に恋に落ちて、アメリカに旅立っちゃうんですけど(笑)」。
そう語る金延の笑顔も、『み空』のサウンドと同じように屈託なく、軽やかなものだ。今回のリイシューを機に、いま一度この傑作の世界に浸ってみよう。 *柴崎祐二
左から、金延幸子の7インチ『青い魚/あなたから遠くへ』(ソニー) 、2017年のコンピ『Even A Tree Can Shed Tears』(Light In The Attic)、スティーヴ・ガンの2021年作『Other You』(Matador)、はっぴいえんどの70年作『はっぴいえんど』(URC/ソニー)