金延幸子のレア音源を集めた編集盤が登場! 唯一無二のフォークを聴く

 芸能事務所が主導する歌謡曲が全盛だった69年に秦政明によって設立されたアングラ・レコード・クラブことURCレコード。はっぴいえんどや遠藤賢司、高田渡、友部正人、三上寛ら後の音楽シーンに多大な影響を与えることになるアーティストや作品を多数輩出したことで知られている。そんな日本初のインディペンデント・レーベルから72年にリリースされた金延幸子のアルバム『み空』。細野晴臣プロデュースの下で、大阪出身のシンガー・ソングライターが作り上げた同作は、時代を超えて輝きを放つ〈ロスト・クラシック〉というべき名盤だ。

 フリッパーズ・ギター解散を経て、93年にソロ活動を始めた小沢健二が日比谷野外音楽堂で開催したファースト・フリー・コンサートの場内BGMにチョイスされたことで、90年代前半に一気に再評価の気運が高まった一方、アルバム・リリース前に渡米し、長い休止期間を経て80年代からサンフランシスコを拠点に活動を再開した彼女の歩みはネット未発達の時代にあって、その詳細は知られないまま、『み空』の評価だけが一人歩きしている時期が続いた。そんななかで98年、URCに残された秘蔵音源を発掘/コンパイルしたアルバム『時にまかせて -金延幸子レア・トラックス-』と、日本で制作された新録アルバム『Fork in the Road』をリリース。その後、ベールに包まれていた彼女の音楽世界が徐々に明らかになっていった。

 1948年、大阪の都市部で生まれた金延幸子は、宝塚歌劇団のスター、淀かほるを姉に持っていることからもわかるように、音楽一家で育った。そして60年代に入るとイギリスのビート・バンドやフォークに興味を持ち、ギターを手に取る。彼女の音楽活動において最初の拠点となったのは、全世界的なカウンター・カルチャーの流れや、〈日本版ウッドストック〉と評される日本初の野外フェスティヴァル〈全日本フォークジャンボリー〉など大小の独立系フェス〜ライヴ・イヴェントと共鳴しながら、独自の発展を見せていた関西のアンダーグラウンドなフォーク・シーン。先述の『時にまかせて -金延幸子レア・トラックス-』にボーナス・トラック2曲を加えて、このたび新装リイシューされる『時にまかせて -金延幸子レア・トラックス+2-』は、その後の活動を通じて『み空』に結実することになる音楽性の変遷を伝えるレア音源を網羅すると共に、当時としては先進的だった彼女の突出した個性も伝えてくれる。

金延幸子 『時にまかせて -金延幸子レア・トラックス+2-』 Sony Music Direct(2024)

 高校時代に出入りするようになった関西大学のフォーク・クラブで出会った後藤悦治郎(赤い鳥~紙ふうせん)や後に中島みゆきなどのプロデューサーとして知られる瀬尾一三、2023年の『Fork in the Road』リプロダクション版のプロデュースを手掛けた久保田麻琴をはじめとするミュージシャンたちと親交を深める一方、いくつものグループに参加し、ジャックスやザ・フォーク・クルセダーズらと同じイヴェントに参加。その過程で録音された69年から71年にかけてのライヴ・テイク、五つの赤い風船の西岡たかしが主導し、同グループの中川イサト、現在はハーモニカ奏者として活躍中の松田幸一、そして瀬尾一三から成るフォーク・グループ=秘密結社○○教団として発表した69年のシングル『あくまのお話/アリス』、(脱退した)西岡以外のラインナップによる〈愚〉名義での70年のシングル『あかりが消えたら/マリアンヌ』。本作にコンパイルされたそれらの音源は、ドノヴァンやペンタングルをはじめとするサイケデリックなブリティッシュ・フォークから沖縄音楽、ブラジル音楽まで幅広い音楽から影響されたサウンド、当時全盛だったメッセージ色の強いプロテスト・フォークとは異なる内面の幻想性を投影したパーソナルな歌詞世界で、彼女の独創性を際立たせている。

 そして、今回の新装リイシュー盤には、ソロ活動のために単身上京後、大瀧詠一プロデュースの下、細野晴臣や松本隆が演奏で参加したシングル『時にまかせて/ほしのでんせつ』(71年)のアウトテイクを収録。この2曲には大瀧らしいガール・ポップの要素が盛り込まれ、ジョニ・ミッチェルを想起させるドライで洗練されたムードに細野が仕上げた『み空』の作品世界とは異なる様相を見せている。全16曲を通じてグラデーションを描く、こうした作風の変化は日本のフォークやロックの進化を映し出すと共に、当時の先鋭的な関西や東京のサウンドに呼応しつつ孤高の表現へと昇華した『み空』が発表から50年の歳月を超えて現代のリスナーを魅了する秘密、その一端に触れることができるはずだ。

金延幸子の楽曲を収録した最近のコンピ。
左から、『シティ・フォークの夜明け URCセレクション Compiled by 曽我部恵一』、『URC銘曲集-4 1970年頃、高円寺「ムーヴィン」で流れていたレコード』(共にソニー)