天野龍太郎「Mikiki編集部の田中と天野が、海外シーンで発表された楽曲から必聴の5曲を紹介する週刊連載〈Pop Style Now〉。先週はあまりトピックがなかったんですけど、国内では『カニエ・ウェスト論《マイ・ビューティフル・ダーク・ツイステッド・ファンタジー》から読み解く奇才の肖像』がDUブックスから刊行されたことがちょっと話題でしたね」

田中亮太「カーク・ウォーカー・グレイヴスが、カニエの傑作『My Beautiful Dark Twisted Fantasy』(2010年)から21世紀屈指の鬼才/奇才音楽家の実像に迫った話題の一冊。ヒップホップやR&Bに精通しているライターの池城美菜子さんが訳しています。僕はまだ読めてないんですけど、天野くんは早速ゲットしていましたよね。顔を紅潮させながら、本を片手に出社されてました」

天野「別に紅潮はしていないですよ(笑)。それに、本を手に持って歩く癖があるので……。それはともかく、池城さんによる1万2千字(!)の解説はまだ読めていないんですけど、なかなかおもしろかったです。カニエがいかに天才で下品かというのがよくわかって……(笑)。著者のグレイヴスって音楽ライターとかではない超インテリなので、アクロバティックな印象批評が繰り広げられたり。おかげで、最近は〈MBDTF〉しか聴いていません。読み終わったらいつものように書評を書きますね」

田中「読みます……。それでは、今週のプレイリストと〈Song Of The Week〉から!」

 

1. Danny Brown “Dirty Laundry”
Song Of The Week

天野「〈SOTW〉は、ダニー・ブラウンが10月4日(金)にリリースするニュー・アルバム『uknowhatimsayin¿』からのシングル“Dirty Laundry”です! ワープから発表された『Atrocity Exhibition』(2016年)以来3年ぶり、ということで新作は大いに注目されています」

田中「なんといってもこの曲は、ア・トライブ・コールド・クエストのQ・ティップがプロデュースしているってことで超話題。たしかに、ATCQの『We Got It From Here... Thank You 4 Your Service』(2016年)っぽいサウンドです」

天野「〈ピッピッピ〉っていう単音の電子音とか、まさに。でも、日本のプレス・リリースに〈Q・ティップが他アーティストをプロデュースするのは、95年のモブ・ディープ『The Infamous』以来〉と書いてあって、〈んなこたないだろ!〉って大声で言いそうになっちゃいました。今回、Qがアルバムのエグゼクティヴ・プロデューサーなので、そういう立ち位置は24年ぶりってことなんでしょうね。『The Infamous』もQが〈エグゼクティヴ〉だったのかは疑問ですが……。ともあれ、ダニー・ブラウンという才能にQというヒップホップ界の大御所が入れ込んでいるのはたしかでしょう!」

田中「彼の特徴的なねちっこいダミ声ラップで語られるのは、あいかわらずドラッグとセックスのことばかり。〈女を手に入れたけど、ホテルを借りる金なんかなくて/俺らはバーガーキングのトイレでhumpty humpをした〉とか。Geniusによれば、ここはデジタル・アンダーグラウンドの“The Humpty Dance”(89年)を参照しているらしいです。〈俺のジーンズにはコカイン、ヤク中は洗剤みたいな味がするって言ってるよ〉〈柔軟剤は持ってない、だって俺はカタいから〉……。曲名の〈dirty laundry(公表されると恥ずかしいかもしれない私事)〉を文字通りの意味である〈汚い洗濯物〉とかけた、彼らしいラップが楽しめます。あんまりお上品じゃないですけど(笑)」

 

2. Camila Cabello “Shameless”

田中「2位はカミラ・カベロの新曲“Shameless”! 来るセカンド・アルバム『Romance』からのリード・シングルとして、“Liar”と2曲同時に発表されました。“Liar”は彼女にとって最大のヒット曲である“Havana”(2017年)に近い路線のラテン・ポップ。どちらを今週選ぶかで迷いましたが、天野くんは“Liar”推しでしたよね」

天野「そうですね。アフロ・キューバンなフィーリングやレゲエの要素もあるので、好みなんです。ただ、“Shameless”のほうが人気曲で、攻めた音作り。不穏な単音ギター・リフから始まり、サビの後に入ってくるサブベースが強烈です。ラテン・パーカッション風のビートやインダストリアルな雰囲気が、胸をざわつかせますね。EDMっぽすぎる作りは好き嫌いが分かれると思いますけど」

田中「サビのメロディーは、リアーナとカルヴィン・ハリスの“We Found Love”(2011年)っぽいですよね。ものすごくキャッチー。〈長い間の秘密だった〉〈隠さないで〉といった歌詞から、長らく恋仲だと噂されながら、最近になってロマンティックな関係であると認めたショーン・メンデスについての歌では?と推測されています。新作『Romance』についても、タイトルの意図を訊かれて〈恋に落ちると別の世界に連れて行っていくれるから〉と答えてますし」

天野「そういうゴシップ的な聴き方もできますし、女性が自身を解放することについて歌った曲としても聴けますよね。ちなみに、2曲を同時に出したことについては、カミラは〈アルバムを1年半出していなかったのに、1曲だけリリースするのはプレッシャーだし〉と語っています。1曲だけで新作の方向性を予想してほしくなかったんでしょうか。リリース日はまだ発表されていないんですが、『Romance』は力強いアルバムになっていそうですね!」

 

3. Grimes & i_o  “Violence”

天野「3位はグライムスの“Violence”。昨年11月に紹介した“We Appreciate Power”以来の新曲です。今回はデッドマウスが主宰するレーベル〈マウストラップ〉から作品を発表していることで知られるプロデューサー、i_oとの共作になっていますね」

田中「“We Appreciate Power”がインダストリアルでハード・ロッキンなサウンドだったのに対し、この曲はエレクトロ・ポップ調。官能的な歌声とヒプノティックなアレンジで、いわゆるグライムスらしい曲……と言えるのかな。個人的にはフィーヴァー・レイやクロマティックスなんかのダークなシンセ・ポップを想起ましたが」

天野「あんまり新しさは感じないんですが、派手なエレクトロやテクノを得意とするi_oのサウンドと彼女の個性がうまく噛み合っていて、なかなかいい曲。“We Appreciate Power”の路線にはちょっと不安を感じていたので、『Visions』(2012年)の頃を思い出せてよかったです(笑)。この曲は、ニュー・アルバム『Miss_Anthrop0cene』に収録されるだろうと言われています。リリース日は未定ですが、今年中に聴きたいな~」

田中「アルバムは〈気候変動を擬人化した女神〉をテーマにしたコンセプチュアル作品とのこと。この曲で歌われる〈暴力〉とは、環境破壊を意味しているのでしょうか」

 

4. Francis And The Lights feat. Bon Iver & Kanye West “Take Me To The Light”

天野「4位はフランシス・アンド・ザ・ライツの“Take Me To The Light”。客演はボン・イヴェールとカニエ・ウェスト、という〈MBDTF組〉です」

田中「カニエはこうやってたま~に客演するから不思議ですよね。それはさておき、フランシス・アンド・ザ・ライツは米オークランド出身の音楽家、フランシス・フェアウェル・スターライトによるソロ・プロジェクトです。ミュージシャンとしてのキャリアは10年以上ありますが、チャンス・ザ・ラッパーの『Coloring Book』やフランク・オーシャンの『Blonde』といった2016年の重要作に参加して、一躍その名を広めました」

天野「〈この人、誰?〉みたいに話題になっていましたよね。同年にデビュー・アルバム『Farewell, Starlite!』をフリーで発表したので、〈2016年の人〉って印象が強いです。彼の音楽的な特徴といえば、独特のヴォーカル・エフェクトを使ったエレクトロ・ポップ。〈プリズマイザー〉という自作のエフェクターによる、神秘的かつ多層的に変調した歌声が彼の記名的なサウンドと言えましょう」

田中「2016年当時、柴那典さんも熱心に紹介していたように、フランシスとの出会いがボン・イヴェールの『22, A Million』にもたらした影響は大きいんだとか。で、この新曲では『Farewell, Starlite!』収録曲“Friends”で共演した3人が再び結集。カニエのヴォーカルはほんの少しだけですが、〈あなたが光へと連れていってくれる〉と歌われるこの曲には、キリスト教に傾倒しまくっているいまのカニエにとって心をつかまれるものがあったのかな、なんて感じます」

 

5. Injury Reserve feat. JPEGMAFIA & Code Orange “HPNGC”

天野「5位はインジャリー・リザーヴの“HPNGC”。ラップ・シーンについて言うと、アースギャングのアルバム『Mirrorland』など、話題のリリースも多かったなかでこの曲を選ぶとは、なかなか攻めた連載ですね……。インジャリー・リザーヴは米アリゾナ州フェニックス出身のラップ・トリオです。メンバーの祖父が働く歯医者で録音したという2015年のミックステープ『Live From The Dentist Office』で話題を集めました」

田中「ラッパーらしからぬナードな佇まいとイルでストレンジなサウンドは、アンチコンなんかの系譜を継いでいる気がしますね。最近だとブロックハンプトンのファンなら絶対に聴いてほしいグループです」

天野「ブロックハンプトン・ファンにはアブストラクトすぎるんじゃないかな……。この曲は、5月にリリースしたデビュー・アルバム『Injury Reserve』以来の新曲で、アルバムにも参加していたラッパーのJPEGMAFIAをフィーチャー。エクスペリメンタル志向、かつポリティカルな姿勢のJPEGMAFIAとは気が合うんでしょうね。さらに、いまもっともエキサイティングなハードコア・パンク・バンドとも言われているコード・オレンジが参加しています!」

田中「といってもまったくバンド・サウンドでなく、スカスカのプロダクションとシャリシャリした音像が刺激的。時折、挿入される〈バキューン!〉という銃声もインパクトありますね。キャッチーなサビや派手や仕掛けがあるわけではないけれど、不思議と中毒性のある楽曲です」