ノーベル賞作家カズオ・イシグロも魅了される、洒脱夫婦の機微に満ちたジャズ表現の襞
大人なノリで、仲睦まじい。英国を拠点とするジャズ・シンガーのステイシー・ケントとサックス奏者のジム・トムリンソンのオフの様に触れて、なんかほっこりしてしまった。その出会いはロンドンのギルドホール音楽演劇学校で、1991年に結婚。その後、2人は二人三脚で心の隙間にすうっと入り込むような滑らかなアルバム群を順次発表してきている。そして、そんな夫婦の作品に欠かせない助力者が、2017年ノーベル文学賞を受賞したカズオ・イシグロだ。彼は長年ステイシーのためにジムと曲を共作し続けている。
「BBCに『デザート・アイランド・ディスクス』という長寿ラジオ番組があって、毎週有名な方が出るんです。90年代後半にイシグロが出演したとき、私はまだ2枚しかアルバムを出してなかったのに、そのうちの1枚を彼が挙げてくれたんです。出版社を介して彼にお礼を伝えたら会うことになって、すぐに意気投合。彼と奥様のローナと私たちは仲良くなりました。その6年後に一緒にランチをした際に、ジムとイシグロが私のために一緒に曲を書こうと盛り上がったんです」(ステイシー)
「その勢いは、ジョーズの映画でサメが急に食いついてくるシーンみたいだったよね(笑)」(ジム)
そして2人は作曲を開始したが、どのように曲を作っていくのだろう。
「イシグロが先に歌詞を書くの。それをジムが音読して録音し、それをもとにジムが作曲する。これって、AABA、32小節とかいう様式に捉われずに、曲を作るにはいい方法だと思う」(ステイシー)
「ジャズのフォーマットという形式ばったものに捉われないのがいいよね」(ジム)
洒脱さが取りばめられた新作『サマー・ミー、ウインター・ミー』収録のたおやかな“ポストカード・ラヴァーズ”はそうした三者の協調の一番新しい結果だ。同作には他にシャンソン曲、映画やミュージカル曲、トム・ジョビン曲なども収録。その無理のない収まり具合に触れると、2人が抱くスタンダード・ソングの意味がとても広がっているように思える。
「まったく、そのとおり。スタンダードを捨てたいわけではなく、広げたい。スタンダードを歌うだけでは足りないと感じる所があって、そこをジムとイシグロが理解し、埋め合わせてくれている」
カズオ・イシグロの3月に出る新刊「The Summer We Crossed Europe in the Rain」は、これまでステイシーのために書いた歌詞をまとめた本となる。